Netflixのコンテンツ製作力がAmazonプライムを凌いでいる理由

Netflixの「全裸監督」を観て思うことをまとめておきます。

「AV界の帝王」と呼ばれつつも、アメリカで370年の求刑を受ける裁判沙汰を起こしたり、50億円の借金を抱える、波乱の生涯を現在進行形で生きている村西とおる氏の半生を描いた作品である「全裸監督」は、全世界に1億5,000万人のユーザーベースをもつNetflixのオリジナルコンテンツとして、世界190カ国・地域に配信され、うち韓国、タイ、香港、台湾、ベトナム、シンガポールなどでもトップ10タイトルの1つに入っています。僕も、村西さんがアマゾンプライムの別の動画(「カリギュラ」)に出ているのを見てから、この作品を観たのですが、山田孝之さんの憑依ぶりは、凄まじいですね。彼の演技力に感動しました。

詳しくは、こちらの日経ビジネスの記事が参考になります。

そして、実際に観て、一番、感じたのは、「今の日本のTV局や電通にこのレベルのドラマを作る能力は絶対ないだろうな」ということ。僕は、映画やドラマの世界がとても好きなので、ただ観て楽しむだけでなく、監督や脚本家の制作意図を理解しながら観るのがとても好きなのですが、「全裸監督」のようなダイナミックなストーリーを生み出すセンスや1コンテンツ終わり方の秀逸さ(=次のコンテンツへの話の繋ぎ方)というは、やはり、アメリカのドラマ制作能力の高さを深く実感します。当然、いまだに視聴者が減り続けるTVのスポンサーモデルにどっぷりの旧態依然とした日本のTV局とは、資金力で圧倒的に差がある点も重要でしょう。「全裸監督」の時代設定は、1980年代のバブル世代で、シーンの中で必ず出てくるクルマは当然80年代のクルマだし、当時の歌舞伎町の裏道の世界を忠実にスタジオ再現しているところなどもそうですが、あそこまでこだわった舞台設定は、日本の今のドラマの平均的な制作費ではとても作れないからですね。

アジア圏で視聴Top10タイトルの1つに入る背景は、日本文化への憧れと親近感があると言う点が大きいと思いますが、欧米生活も経験している僕の感覚では、あのダイナミックなストーリー描写は、欧米人のユーモア感覚にも十分刺っていると思います。破天荒な人生は、描き方次第でだれでも楽しめるものです。

観ていて思うのは、僕は、黒澤明監督の作品が大好きなのですが、あのダイナミズムを「全裸監督」に感じるのですね。映画「七人の侍」や「用心棒」は、今観ても、体が震えます。だからこそ、ハリウッドでも、「荒野の七人」や、「ラストマン・スタンディング」としてリメイクされた。

それらを思うと、感じるのは、日本は、資金と制作の自由度(日本のTV局のように、しよーもない視聴者からのクレーム電話にいちいち敏感に反応しないと言う意味)を与えれば、素晴らしいクオリティの作品を作る力が、日本のクリエーターにはあると言うこと。これは同時に、日本の起業家にも言えるという文脈で、このことを言っています。結局、そこに資金を与える人が、制作内容の制約条件を決めていくわけですが、それらが、クリエーターの作品の出来を大きく左右するわけです。

黒澤監督が、先に話した作品も含めて、一番優れた作品を作り続けた時代は、1950年代でした。あの時代は、日本がまだ戦後の混乱期が続いていた時代で、高度成長に入っていなかった時代、つまり、社会が「カオス」状態だった(ここが超重要)のですよね。その後、1960年、つまり、高度成長に入るにつれて、黒澤監督の作品は、徐々に光を失っていき、彼自身、1971年に自殺未遂を起こしている。社会が、彼の才能を抑圧して行ったのですよ。

これは、実は、すごいことを言っています。ほとんどの人は見えていない。なぜ、日本人が、有史以来、全く学んでいない、歴史的なあるヒントが隠されているから。これは、また別の機会にブログにするとして、

その後、日本のコンテンツ制作の中心は、アニメに移って行ったというのが、僕の歴史観です。なぜなら、日本アニメの最高峰と言える「風の谷のナウシカ」や「アキラ」は、バブル絶頂期の1980年代に生まれた。こうなった背景の1つは、アニメの元である、つまり、「漫画」は、黒澤監督が追求した実写に比べて圧倒的に制作コストが低いからです。漫画は、究極的に突き詰めてしまえば、一人でできますからね。つまり、スポンサーの言いなりになる必要がない。クリエーターが自由に描くことができる。ただ、動画=アニメ化する際には、話が違ってきます。かなり金がかかる。その意味で、これは、原作者の宮崎駿監督や大友克洋監督も自身で認めていることですが、漫画版とアニメ版で、作品の質のレベルが全然違うのですね。漫画版の方が圧倒的と言えるほど作品の仕上がりレベルが高い。不思議ですよね? なぜ、バブル期の日本は、あんなに金があり余っていたのに、黒澤明監督の全盛期であった1950年代を超えるような映画作品が世に出て来なかったのか?

そして、日本の漫画は、今尚、優れた作品を生み出し続けています。その意味で、僕は、Netflixが、日本の「漫画」に注目し始めたことにかなり期待しています。すでに、僕も好きな漫画の1つである「スプリガン」のアニメ制作は決定しています。あれも、アニメ化するにはかなり金のかかる世界観の作品ですから、Netflixであれば、かなり期待できると考えています。その他、期待しているのは、「Gantz」などもそうですね。あの漫画も相当レベルが高いです。詳しくは「こちらの記事」にまとめています。まあ、Gantzの版権がTV局にベッタリの集英社にあるので、説得するのが面倒な気はします。そう言う意味で、今後は、世界で勝負したいクリエーターは、自分達の作品をどの出版社から売り出すべきなのか、よく考えた方がよいように思います。TV局にベッタリの出版社に売ってしまうと、アニメ化は自動的にTVに決定してしまいますから、Netflixのようなグローバルなプレイヤーにアニメ化してもらうチャンスは、自動的に絶たれると考えた方がよいです。クリエーターとしては非常に悲しいことです。

一方、アマゾン・プライムは、完全に、ローカルコンテンツにフォーカスしている。吉本コンテンツがよい例で、完全に日本人向けですね。ビジネス的な視点でいうと、Netflixモデルの方が圧倒的に収益性が高いです。なぜなら、1つのコンテンツをより多くの視聴者に届けることができるから。動画サブスクリプション市場は、オリジナルコンテンツが「命」です。競合との差別化は全てそこにかかっている。つまり、オリジナルコンテンツにどれだけ制作コストをかけられるか?にかかっている。となると、1つのコンテンツから得られる収益性が高いプレイヤーの方が、このゲームは有利に働きます。

これは、Apple TV PlusやDisney Plusにおいても同じこと。僕は元々Eコマースをやっていたのでよく理解しているのですが、Amazonは、Eコマースのグローバル戦略として、元々DVD販売を「客寄せパンダ」として使っていた傾向があり、その点が、今のプライムビデオのコンテンツ戦略にも影響が出ていると思います。要するに、プライムサービスに無料動画を加えることで、EコマースでユーザーのLTVを引き上げるための「客寄せパンダ」として使っていると言うこと。つまり、動画サービス自体で高い収益性を得ようとは、真剣に考えていないと言うところですね。確かに、AppleやDisney、Netflixは、いずれもEコマースは持っていない(Apple Storeは、品揃えがEコマースと呼べるレベルではない)ので、動画サービスにおけるバリューポジショニングは、Amazonがもっともユニークな立ち位置になるため、競争が激しくなり、オリジナルコンテンツの質の有無で、アマゾンが極端に不利に立たされると言う状況にはなりにくいと思います。

ただ、その上で、唯一アマゾンが持っている日本のローカルコンテンツで、グローバルでやれる可能性があると感じているコンテンツがあります。僕が、大尊敬する松本人志さんが作った「ドキュメンタル」ですね。参加するタレントをローカライズすれば、かなり世界でスケールする動画コンテンツになると見ています。その国の人気のコメディアンを集めればいいだけです。司会も、その国のコメディアンの大先輩的な存在の人にお願いすればよいでしょう。ルールも全く同じでいいと思いますが、強いていうなら、平和な人が多い日本人と異なり、海外の人は結構血の気が荒いので、「喧嘩になったら即退場」のルールぐらいはあった方がいいかもしれませんが、それ以外はそのままで全然機能すると思います。

あとは、TV局に株主になってもらった安泰だと考えている愚かな「吉本の経営陣」が邪魔しないことでしょうね。もう、みんなどんどんTV観なくなってますから。笑

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