ソニーやホンダを産んだころの日本社会とシリコンバレーの比較から分かる日本官僚の大罪

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今日は、核心的な点についてお話しましょう。繰り返しますが、僕の父親は、京都大学の法学部を出て、国土交通省(旧建設省)に入省し、国費留学生として、ハーバードのケネディスクールでMPAを一年で取得し、MITで経済学を一年学んだ、戦後の高度成長を支えたエリートの一人でした。その点も踏まえて、この話をしています。

なぜ、アメリカ社会は、「創造的破壊」を断行できるのか?

それは、同時に、なぜ、アメリカからシリコンバレーが生まれたのか?という話と直結してきます。結論から言います。アメリカの社会デザインが常に「効率性」よりも「自由」を重んじるからです。この自由を作り出すために、アメリカの社会は必ず、自分たちの空間の中に、「余白地帯」を作ります。この「余白地帯」というのが、日本人の想像を超えるレベルで重要なのですね。日本人の多くは、官僚や政治家も含めて、そのことを一切理解していません。連邦制がもっとも良い例ですね。各州にかなりの自治権が与えられています。立法権もなければ、徴税権もない日本の自治体とはレベルが桁違いです。

この余白スペースが社会の中に常にあるので、若者は、この余白を使って新しいイノベーションを生み出すチャンスを得ることができます。僕は、日本で最大のスタートアップエコシステムである東京に10年以上関わっていたので、深く理解していますが、東京には、この余白がほとんどありません。ゼロです。だから、日本のスタートアップからでかくなる会社は、全て、シリコンバレーで既に市場が出来上がっているか立ち上がっている事業のコピー事業しか育ってこない。僕が、Orbで取り組んでいたような革新的なアイデアとその成長とは、その社会の余白地帯の中で、孵化し、育っていくからです。

その余白があるかないかは、若者の生活をみればわかります。大学を出たら、毎日、忙しく働き続けていないと生活が回らないようにできている。家賃も高いし、物価も高い。だから貯金もロクにできない。景気が悪いから、給与もなかなか上がらないし、株価も当然上がらないから、仕事以外で経済的余裕を得るチャンスがほとんどない。つまり、「余白」がないのですね。

僕は、ソフトウェア開発の経験が長いので、そこに1つのアナロジーがあるのですが、この余白とは、ソフトウェア開発における「疎結合」開発の発想に近いです。疎結合の設計思想では、プログラム同士をなるべく余白幅を上手に作りながらシステム全体を作り上げていく。アメリカから生まれたオブジェクト開発の思考も、この疎結合開発の思想と深くリンクしていますね。逆は、「密結合」開発です。垂直統合に全ての機能を1つのプログラムで動作するように作り上げていく。密結合開発をすると、何か、一部に修正を加えようとすると、他にも影響がすぐに出てしまうため、変更を断念しなければならないか、変更するのに膨大な時間がかかってしまう。日本のベンチャーは、とかく密結合開発するエンジニアが多い。日本人の愚かな気質が出ているのです。「自由」よりも「効率性」を重んじるという愚かな気質が。詳しくは、「こちらの記事」にまとめています。

社会に全く余白地帯のない「東京」と「日本社会」

この話、今の日本社会とそっくりなのですね。東京一極集中を実現するための日本の官僚を頂点とする100万の国家公務員の組織は、その典型例で、地方の自治体と企業から、自治の自由をほとんど与えず、あらゆるルールを中央で決め、かつ、全てを自分たちのコントロール化に置くため、一切、社会から余白をなくすように事細かく規制を敷いて行ったため、恐ろしいほど息苦しい社会、何より、ちょっとしたこともすぐに変更できない、柔軟性のない社会システムを作り上げた。

日本の官僚の多くは、アメリカの社会システムをバカにしています。「非効率である」と。確かに、連邦制というのは非効率なのです。僕の知人がそれにまつわるあるエピソードを体験しています。彼は、アメリカのテキサス州で石油採掘会社を経営しているのですが、その採掘権の取得にかかる手続きに、彼が三菱商事時代に中東の石油開発でかけた弁護士費用の3倍のコストをかけて手に入れたと。なぜか、テキサス州政府とアメリカ連邦政府の両方の許可をもらう必要があるからですね。この事実に対するアメリカ人と日本人の反応は全然違います。アメリカ人は、「非効率ではあるが、これが自分たちの社会に自由を与えているのだ」と。しかし、一方、日本人は、「なんで、こんな非効率な仕組みなんだ」と不満をのべるだけです。わかりますか?ここに根本的な、知的水準の次元の違いがあるということを。

しかし、その非効率さがシリコンバレーを生み出しているのですよ。日本の官僚は、そこを学ぶ意識がない。これが、最大の大罪です。だから、産業革新機構やクールジャパンファンドなどという官僚と大企業主体の死ぬほど愚か、かつ全く成果の上がらないベンチャーキャピタルを作りだしている。恐ろしいほどの税金の無駄遣いです。なぜ、官僚と言っているかと言えば、日本の政治を作っているのが、実質、政治家ではなく官僚だからですね。自民党一党による政党政治は、官僚にとっては非常にその運用が効率的なのですよ。自分たちで考案した法案をすぐに議会で通せるからです。法案は同時に、官僚の出世の種でもある。ここに日本にアホなほど規制が多いカラクリがあるのですよ。その点については、「こちらの記事」にまとめています。

事実、民主党政権が発足した際に、多くの官僚は、この非効率さに直面し、裏で色々と動いて、また自民党の政権に戻すことにしました。民主党の政治家が愚かだったのは、自民党批判ばかりして、最大の問題を抱えている日本の官僚組織に全くメスを入れなかったことです。その結果、どの政策も空振りばかりで、まともに成果を残すことができず、日本は、また元の政治体制に戻ってしまった。

そして、日本人の多くは、あいからわず「事なかれ主義」者ばかりなので、このような事態も傍観するばかりで、全く本質的な問題に対して、掘り下げて考えて、僕のようにメスを入れるべく行動しない。アメリカであれば、間違いなくワシントンDCで大規模デモがおきているレベルの話です。日本人に多い事なかれ主義について理解したい人は、「こちらの記事」にまとめています。

ここに、日本の官僚が学ぶべき、最大の成功事例を話します。それは、戦後に生まれたソニーとホンダの成功秘話です。

ソニーとホンダが生まれたのは、戦後の「カオス」=社会的余白があったから

ということです。ソニーもホンダも、戦後の混乱期に生まれた素晴らしいベンチャー企業です。我々が深く理解すべきは、混乱期=日本の官僚システムが機能不全に陥っていた時期、ということです。つまり、戦前のように、官僚組織が、隙間なく日本社会をコントロールするということが一切できていなかった時期ということですね。そして、当時は、世界の警察であるアメリカのGHQが睨みを聞かせていましたから、日本の官僚は自分たちの思い通りに動くことができなかった。このカオス状態こそが、ソニーやホンダを生み出す源泉だったのですよ。多くの日本人は官僚も含めて、そのことを全然わかっていない。

しかし、彼らもやがて、高度成長を通じて普通の会社になっていってしまった。これは、創業者が引退したサラリーマン社長しかいない組織ではよくあることなので、違和感はないのですが、大事なことは、そのあと、Googleやフェイスブックのような企業が、日本からパタリとでなくなってしまったこと。なぜか?

今までの話を踏まえれば、見えてきますね?その後、アメリカのGHQが、沖縄に一部を残して出て行き、日本の官僚が、戦前と同様、日本社会をがんじがらめに規制しコントロールしているから、社会から余白が一切消えてしまい、ただただ、息苦しいだけの社会になってしまった。その結果、日本経済はどんどん没落し、若者はただただ生活が苦しくなっている。だから、僕は、日本の官僚組織こそ、ジョージ・オーウェルが「1984」で描いた”ビックブラザー”だと思うのです。

僕が「藩札2.0」で日本を「連邦制」にするべきだと伝えた真意

江戸時代は、日本は連邦制でした。各藩は自治権を持っていた。この期間が200年も続いたことで、地方には、藩士を中心に、ものすごい知識層が育っていった。これが、幕末・明治維新の期間、日本が「アジアの奇跡」を生む土台になっていたことを、大半の日本人が理解していない。これを理解したい人は、司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読むことです。名著の1つです。

つまり、江戸時代の社会システムが、アメリカの連邦制と同じであったことが、非常に重要であったということです。社会に余白があるから、そこの余白を使って、優れた人材は、自由に動き、その中から、やがて、新しい時代を作るリーダーが大量に生まれてくる。日本の官僚は、この芽を、可能性を全て潰してしまっているのですね。実に愚かです。

僕が、Orbを経営していた際に、「藩札2.0」のプロジェクトを通じて、日本を「連邦制」にすべきだと日本の政治家と官僚に真剣に伝えた真意はそこにある。

だから、僕は、2014年から2018年の間、ブロックチェーン産業において、その「余白地帯」を作る活動をしていたのですよ。今でもそうだが、日本の仮想通貨・ブロックチェーン業界に関わっている僕以外の大半の人は、この真意をほとんど理解していない。理解していないから、ハッキング事件のようなことを引き起こす。全ては、因果応報である。原因のない結果はない。その点の経緯については、「こちらの記事」にまとめています。

そして、僕は、最後の仁義を切る行為として、沖縄のOISTにいる。ここにも、ゆとり教育でバカを量産した文科省が入ってきている。そして、繰り返しいうが、沖縄は「日本」ではない。沖縄には、日本伝統の「神社」がないのですよ。そこの真意をわかっていない。沖縄に古くから残る御嶽信仰とは、彼ら独自のアニミズムであり、神道信仰ではない。つまり、日本の根本的な文化・思想体系とは一線を引いているのです。

僕は、日本が太平洋戦争末期に、本土決戦・一億総玉砕を実行するため、沖縄に神道信仰を持ちもうとした軍部がいる中、結果的に、アメリカに、この沖縄から攻略され、敗戦を迎え、かつ1972年まで、沖縄がアメリカの政治経済下に置かれていたことには、「目には見えない」非常に重要な歴史的に意味があると考えている。現代日本の間違いだらけの社会システムに、沖縄を組み込んではならなかったという真意がそこにある。

シリコンバレーの本質を知る手がかりの1つとして、OISTで親しくさせていただいているスタンフォード大の研究員だった方のあるエピソードがあります。その当時、「自分が大学の研究でなかなかの成果をあげた後、家の近くのカフェのオーナーに声をかけられ、その成果の内容を丁寧に褒めてくれた。なんで、知っているの?という感じ。また、その後、北カリフォルニアに車で遊びに行った際に、アメリカっぽい何もないフリーウェイの道脇にあったレストランに入ったら、そこの店主から、自分の研究内容について、色々と聞かれ、さらに意見交換までした。正直、日本では考えられないレベルの知識レベルの高さだと感じた」と。これですね。要するに、江戸の連邦制時代に、地方でものすごいレベルの知識層が育っていたことと同じことを言っているのですよ。

日本の官僚は、かつて日本にはあった「これ」を奪い、死滅させたのです。それは、大罪以外の何ものでもない。

この沖縄に、また、あいも変わらず、日本の官僚の愚かながんじがらめの政策が持ち込まれるなら、僕は、当然、日本とは縁を切る覚悟でここにいます。僕のような日本と縁を切る日本人が増えた方が、日本のためになる考えています。なぜか? 本当に愚かな人間というのは、全てを失ったときにしか「悟る」ことができないからです。悪人が死に際に懺悔するのと同じです。

本当に頭の良い人間とは、ビスマルクがいうように、「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学び、聖者は経験から悟る」、の3つ目、すなわち、社会全体がダメになる前に、自らの経験によって問題の本質を悟り、勇気を持って改革を断行するものを指します。日本の官僚から、少しでも、「聖者は経験から悟る」人物が増えることを心から願っています。

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