個人で稼ぐ時代のビジネス哲学 – フロー経済、ストック経済の捉え方の基礎

インターネットが普及したきたことで、メディアビジネスによる「個人で稼げる時代」が大変進化してきているですが、その中でも、財テクとは、ストック経済を作り上げること、などという非現実実的なことを言っているアホがいるので、その誤った考えを正す目的から、僕の財テクに関する考え方も含めた、個人で稼ぐ時代のストック経済とフロー経済の本質論についてお話をしようと思います。

自然経済は、全てフロー経済であるということを知る

全ての答えは、ここにあります。ただ、ほとんどの人間がこれを理解していないので、愚かかつ無益なことをやり続けている。自然経済とは、地球環境そのものです。まず、多くの人が思い浮かべるフロー経済は、食物連鎖でしょう。

From Wikipedia – 食物連鎖(しょくもつれんさ、英: food chain)とは、生物群集内での生物の捕食(食べる)・被食(食べられる)という点に着目し、それぞれの生物群集における生物種間の関係を表すことである。生物は同種、他種を問わず、様々な形で自分以外の生物個体を利用して生きている。その中で最も典型的に見られる利用法が他者の捕食である。

陸上の生物には、草の葉(ススキ)をバッタが食べる→バッタをカマキリが食べる→カマキリを小鳥が食べる→小鳥をタカが食べる…… といった生物間のつながりがある。 水中でも同じように、たとえば海では、植物プランクトン→動物プランクトン→イワシ→イカ→アシカ→シャチ…… などのつながりがある。

このように、食う・食われるの関係をたどっていくと、ある一定の場所の生物間に、1つの鎖状の関係を見いだすことができる。これを一繋がりの鎖として取り出したとき、食物連鎖と呼ぶ。このような関係を結ぶためには、関係する生物が同じ場所に所属しているはずで、つまり、食物連鎖は生物群集の中の構造の一つだと言える。

ただ、食物連鎖の話をすると、「弱肉強食」をすぐ発想するアホがいるので、僕がここで言っている自然経済において、食物連鎖が一部しか表現できていないことを理解してもらいます。典型的な例は、「ミツバチ」の存在です。

ミツバチが、絶滅すると、地球環境は荒廃し、人類は死滅すると言われています。それほど、自然経済で重要な役割を果たしています。なぜか? 大半の草木というのは、受粉をしますね。雄と雌に別れていて、雄が出す花粉を雌に届けることで受粉し、草木は生命を維持しています。そして、この地球上にある草木の受粉活動のうち、80%がミツバチが支えていると言われています。

ということは、どういうことか?僕らが、普段食べている野菜や果物がありますね。この受粉活動の80%は、ミツバチが支えているということです。彼らの受粉支援活動がなければ、僕らは、りんごやみかん、ネギやキャベツなどを育てるための種が生まれてこないので、そもそも農業自体が成立しなくなるということです。なので、ミツバチが少なくなっていくと、僕らは食糧危機に見舞われるということです。なぜなら、米や野菜は無論のこと、鳥・豚・牛などの家畜も、トウモロコシなど野菜の飼料を食べて成長しますから当然です。

そして、これがどのようにフロー経済化しているか?について話をすると「冬眠」の世界をみて見るとわかりやすいと思います。寒さの厳しい北方地域に住む動物は、冬の時期は、食料がほとんどなくなってしまう。リスやクマ、キツネなどですね。だから、彼らは、冬が来る前に二つの行動をとります。一つは、実りの秋の時期に、大量に食べて太って、体に脂肪を蓄えて、冬の間に、その脂肪を消費して食料が得られない時期を乗り越える。もう一つは、リスなどがよく知られた事例ですが、秋の間に、「物持ちのいい食料」、主にどんぐりなどの木の実を土の中に埋めておいて、冬になると、それを掘り出して食べる。この埋めておいた場所を覚えていることができることはよく知られています。これは、一瞬、「ストック経済」に見えますね。蓄えているからです。

しかし、視点を遠く離してみて見れば、これも1年のサイクルの中で、行なっている活動の一つですから、「フロー経済の中の一時的なストック経済活動に過ぎない」ということ。大半の人間が努力しているストック経済活動のほとんどは、これが該当します。なので、僕からすると、ストック経済を追求したがる人間は、動物のレベルとほとんど変わりません。我々は、食物連鎖の頂点に人間がいると考え、過去、数千年に渡って、動物と変わらぬレベルでストック経済を追求した結果、貧富の格差が拡大し、地球環境は荒廃し、我々自身が地球に住めなくなってきている。大バカものですね。

いずれにしても、このように自然経済は、非常に緻密に設計されており、その本質は、フロー経済によって、完全な「循環経済」を実現していることです。最近、国連のSDGsなどで盛り上がってきているサステイナビリティ(=持続性)とはここに通じてくる話です。循環経済というのは、フロー経済化が進まないと実現できません。当然です。ストック経済が普及してしまうと、みなエネルギー(単純にお金と言ってもいい)を溜め込むので、循環性が上がらないからです。絶えず、栄枯盛衰を繰り返しながら、エネルギーがどこにも滞留することなく、周り続けていることが理想ということです。これは、自然経済が作り上げているホメオスタシス(=システムが長期的に安定的な状態を保つこと、恒常性ともいう。人間社会でいえば、平和が長く続くこと)の根幹をなす考え方です。奪い合いや争いが少ない社会にするには、完全な循環経済を目指すことが重要であり、その方が、みなの幸福度が上がります。

人類は、過去、実現不可能なストック経済を作り上げるために無益な殺し合いをしてきた

この一言につきます。その最大の対象は、「土地」と「金」ですね。昔は、土地の方が金より重要でした。なぜなら、農業が経済の中心を担っていた点が大きいのですが、土地から全ての富の源泉を得ていたからですね。だから、100ヘクタールよりも1,000ヘクタールがいいと言っては、領土拡大をひたすら続けていった。土地=ストック経済と捉えて、たくさん土地があるほど、ストックが増えるから、自分達が困らないと考えた。ところが、こいつを続けていると、当然、いずれ余った土地がなくなってくるので、衝突が始まる。戦争ですね。そして、この戦争によって、土地は結果的にフロー経済化する。なぜか?

戦争に負けた側は、その領地の所有権を失うからです。ストック経済だと思って所有していたものが、ある日、戦争に負けてしまうと敵方に所有権が移ってしまい、自分のものではなくなる。じゃあ、軍隊強くして負けないようになればいいではないかと言って、ローマ帝国以来、人類は、ひたすら「強い国家」を作ることに邁進してきたわけですが、永続的な国家が生まれたことなど、過去の歴史において一度もなく、結局は、第2次世界大戦のような大量の死者を出す戦争をしてしまい、ストック経済を目指すことがいかに自分達を不幸にするかということを目の当たりにしてきたわけです。繰り返しますが、「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」というやつです。歴史から見れば、ストック経済を作る努力をすること自体、愚かな行為であることがよくわかるということです。

また、平和な世界においても、土地の所有は長期的にはフロー経済化するようにルールが設計されています。たとえば、日本で土地を持ったままで、何もしていないと、土地の評価額に対して年1.4%の固定資産税がかかる。それじゃあ、もったいないということで、その土地の上にマンションを立てて、人に貸して賃料を稼いで、そこから固定資産税を払おうとすると、今度は、そのマンションの資産価値自体、建てたときが最高額で、あとは、よほどそのマンションの地域が、経済発展する地域にでもならない限り、年々、資産価値は減るので、賃料収入も減っていく。30年ぐらい建ったら建て替えしないと住めなくなるし、賃料収入も得られなくなる。つまり、賃料収入の中から、固定資産税以外の部分を将来的な建て替え費用として継続的に積み立て置かないと帳尻が合わなくなる。政府が、なぜ、固定資産税を要求するかと言えば、政府の重要な役割の一つは「経済格差を解消すること」にあるからです。土地を持っているだけの人に課税しないと、彼らは不労所得を得て生活するため、貧乏人が一向に豊かになれない。なので、土地所有者に課税すれば、その土地を使って何かやろうとするので、そこに雇用が生まれ、雇用された人にお金が流れる。税金によって循環経済を作り出し、経済格差を解消しようとする政府側の工夫がある訳です。もちろん、これと実際の効果は別の話です。

更に、山などを所有していても究極的に同じですね。典型例は、自然災害で、土砂崩れなどが起きれば、山の経済価値は下がります。だから、経済かちを下がらないようにするためには、その山で自然災害が起きないような森林環境の構築だったり、防災システムの構築などもする必要があります。ここにもまた雇用が生まれる。

動物から進化してきた人類は、動物時代の名残で、自分達の生命がより長く生きられるようにするには、「ストック経済」をどんどん増やすことこそが、答えだと言って、頑張ってきているのですが、大元で依存している地球環境自体が、完全にフロー経済でデザインされているため、どんなに頑張ってもストック経済を作ることなど実現するわけもなく、僕からすれば、「超非現実的な考え方」になるということです。無駄な努力です。

人類の経済も、今、全てがフロー経済への移行が進んでいる

そういう中で、今、多くの財のフロー化が進んでいます。「所有するもの」が少なくなってきているということですね。より自然経済に近い経済システムになって行っています。

家も、車も所有していくという考えが薄れているし、フリマアプリが流行るのも、衣類や電子製品など、身の回りのものもフロー経済の中で使っていく方向になって行っている。SpotifyやNetflixなどが普及させたサブスクリプション経済が台頭してきている背景も同じですね。昔は、音楽は一曲ずつ、映画もDVDなどで、一つずつ購入、つまり、所有していたわけですが、サブスク経済はこれを否定し、フロー経済化させて大成功しているわけです。

都市生活の冷蔵庫と呼ばれるコンビニも同じです。自動車産業が、最近、みなMaaSに傾倒しているのもそうです。家の購入の世界で言えば、Airbnbは正に、そこに関わっています。よく家は、購入か賃貸かみたいな議論ネタが盛り上がることが多いですが、僕からすると「究極的にどちらも同じ。利用の仕方次第」というのが僕の答えです。なぜなら、僕は家の購入も考えますが、それは、好きなときに住んで、それ以外のときは、Airbnbで貸すことを考えているからです。そうでないと、フロー経済の中における、家の維持にかかる税金含めたコストが賄えないからですね。

しかし、賃貸だと、自分が本当に求める場所で、かつ希望のデザインの家に住めない。これが嫌だから、購入という選択肢をとることで、これを実現します。ただし、ずっとそこに住んでいる考えはなく、世界中を色々と旅しながらの生活も考えているので、そういうときには、その家をAirbnbで他人に貸した方が、ランニングコストが下がるので、当然、そうします。この点からすると、細かい話ですが、僕からすれば、分譲マンションを購入する連中は、心の底から愚かものだと思います。例えば、20階建ての分譲マンションで、100m2の部屋を買ったとします。実質的に所有している土地は、単純掲載で80m2/20= 4m2です。しかも、内装以外の改築は自由にできない上、30年もたてば、経済的価値はほとんどなくなる。マンションの管理団体との交流が必要になるので、気が合うかどうかもわからない周囲の人々に気遣いしながら生活を送ることになる。うーん、何が魅力的なのかサッパリわかりません。

ビットコインもフロー経済の財の一つ

このような点が見えてくると、ビットコインも、フロー経済の一つであることがわかります。なぜなら、まず、ビットコインを支える「信用」は絶対的なものではないからです。現在の国家経済力によって信用を担保している法定通貨(=日本円、ドルなど)に対しての相対的な信用度の高さが、ビットコインの価格を決めています。ですから、デジタルゴールドとして、未来永劫、永続的な価値が保証されているわけではないです。国家経済システムが、瀕死の状態なので、相対的にビットコインの価値が上がり、資金が集まるのです。

パーソナルメディアビジネスは、ストック経済かフロー経済か

本質的にフロー経済です。なぜなら、あらゆるコンテンツは陳腐化するからですね。10年の前のTV番組など誰も見ません。色々な意味で「古い」と評価されるからです。メディアというのはトレンド性が強いので、ファッションと同じように流行り廃れが起きやすい。ですから、答えは「陳腐化しずらいコンテンツを生み出す工夫」が必要ということです。僕がライフスタイルブログをやっているのは、「自分自身をコンテンツ化する」、つまり、芸能人のような着想がそこにあるのですが、自分自身のライフスタイルの変化自体をコンテンツ化することでメディアとして成立させており、この根源は、自分のインフルエンサーとしての影響力にそのメディア価値が比例します。だから、どこの突破口に自分をインフルエンサー化するかであり、僕の場合は、仮想通貨・ブロックチェーンをゼロから立ち上げたきた起業家ですから、そこを起点にコンテンツ戦略を考え、中でも同時に、陳腐化しずらいコンテンツづくりを工夫している。

では、その陳腐化しずらいコンテンツとは何か?答えは、二つで、これから中長期で需要が育っていくもの、もう一つは、本質的なものです。

1.将来性の大きな新興産業に注目する

前者、仮想通貨・ブロックチェーンは正にそうです。インターネットは初の商業利用が1994年にスタートし、20年近くかけて、社会に不可欠のインフラとなりましたが、今、ブロックチェーンは、既存の金融システムも含めて、このインターネット自体を作り変える動きをしています。その意味で、2009年に生まれたビットコインは、そこから最低20年は、この業界は、右肩上がりであるということです。国連のSDGsなんかもそうですね。僕は、ポスト資本主義社会の中核として、自然経済社会を目指しているので、このネタも扱っています。

2.本質を追求する

後者は、映画の世界を見るとよくわかります。僕は映画とても好きなので、色々と見るのですが、1946年に作られたハリウッド映画で「素晴らしき哉、人生!」という作品です。今でも、ハリウッド映画史において、様々なメディアが取り上げる名作Top100で、必ずトップ10には入ってくる傑作です。なぜ、この映画が不動の地位を占めているかと言えば、内容が本質を付いているからなんですね。どんな人間にも生きている価値があることを教えてくれる映画、これって万人にとって本質的ですよね。皆自分が生きていることが世の中にとって価値のあることであることを自覚したい。それがあれば自殺などしません。生きることへの希望につながるからです。マズローの欲求段階説などを理解すれば、より客観的な視点でこの点がわかると思います。詳しくは「こちらの記事」にまとめています。

同じ意味で、好きな映画に「ショーシャンクの空に」があります。これも、人気の高い傑作ですが、同じ「生きることへの希望」を描いている作品です。このようにインターネットは、メディアビジネスですから、本質的な作品作りを心がけることがとても大切であると考えています。

そして、ストック経済を作り出そうなどと夢にも思わないことです。完全に自然の摂理に反する行動です。結果的に自ら首を絞めることになります。ブッダの教えにある通り「諸行無常」(万物は常に一定ではない)ということです。

以上、みなさんの参考になれば幸いです。

 

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