日本のものづくり産業は、やがて「黒子」企業ばかりになるだろう。なぜか?

https://en.wikipedia.org/wiki/Kuroko

最近、メディアなどで「日本のメーカーは、果たしてこれから生き残れるのか?」という議論が盛り上がっていますね。日本の中核とも言える「ものづくり産業」、かつては「メイドインジャパン」として世界を席巻していたわけですが、今は、その世界的認識は完全に薄れつつあります。

今日は、僕が、なぜ、これからの製造企業の多くが、黒子企業になっていくかについて、考えをお伝えしこうと思います。

iPhoneやTeslaを裏で支える日本のメーカーたち

世界初スマートフォンとなったアップル社のiPhone、そして、世界初の完全電気自動車であるTesla、いずれも世界の最先端をいく製品ですね。僕らは、彼らから新しい製品モデルが出るたびに感動を覚えます。ただ、今日の話の焦点は、これらの製品の中身にあります。一般の人からすれば、全く知ることのないことですが、iPhoneの中には、多数の日本のメーカーが提供するテクノロジーが使われています。

iPhone5

例えば、昔、iPhone5で昔「アルミを鏡のようなスムーズな手触り感」の筐体があったことを覚えている人はいますか?最近のiPhoneは、ちょっとデザインが劣化していますが、ジョブズが最後に手がけたiPhone5は、この筐体を持っていました。今でもあの手触り感は忘れません。iPhone5は、スマホとしては本当に完成度が高いプロダクトでした。そして、この素晴らしい筐体を支えていたのは、新潟にある研磨技術をもつ企業です。彼らの研磨技術なしにiPhone5のあの美しい筐体は、実現することがなかったと言われています。

また、最近のiPhoneと言えば、売りは「カメラ」ですよね。ボカシを入れた単焦点や、最近は、望遠機能も非常に優秀になってきています。僕も写真が好きなので、ミラーレス一眼を持っていますが、まだまだミラーレス一眼には及ばないものの、最近のiPhoneのカメラ性能はかなりのレベルに到達しつつあります。

このカメラ機能としての「ボカシ」や「望遠」 機能に不可欠なのは、「イメージセンサー」です。レンズを通して入ってくる光の信号を的確に処理して、焦点の当たっている領域を明瞭に表示するなどの処理を行う、カメラの心臓部と言える機能の一つです。iPhoneにこの世界最高品質のイメージセンサー技術を提供しているのは「ソニー」です。

ソニーのイメージセンサー技術は、非常に優れており、ハリウッドの映画監督が好んで、ソニー製のビデオカメラを映画撮影に使うこともよく知られていますね。

Tesla Model 3

そして、この傾向は、テスラの場合も同じですね。最もよく知られているのは、テスラがテスラ足り得るのは、電気自動車を支える、リチウムイオン電池のバッテリーであり、テスラにこのバッテリー技術を提供しているのは、「パナソニック」です。パナソニックのリチウムイオン電池の技術は、最高でもトップクラスの評価があります。

とここまでの話を踏まえると、「日本のメーカーすごいじゃん!」と思う人が大半だと思います。しかし、この二つのケースにはある共通している点があります。それは、完成品を提供しているのはシリコンバレーの会社であるアップルやテスラであって、いずれのケースでも日本企業は裏を支えている存在であると言うこと。まさに、華やかな演劇舞台で主役の演舞を裏で支える「黒子」のような存在です。

多様性のない社会からは、そもそも世界に通用する「統合的」なプロダクトは生まれない

そう、今、このような形で活躍する日本企業が増えてきています。IT業界では、オラクル社が手がけるサーバーもそうですね。完成品はオラクルが提供していますが、部品の多くは、日本の富士通やNECなどが提供しています。

この傾向は、この平成の「失われた30年」でかなり進みました。他にもキリがないほどこれと同質の事例が増えてきています。なぜでしょうか? このブログの購読者であれば気づいていると思いますが、それは、日本の会社には「多様性」がないためです。

多様性のないチームからは、「世界の視点」という欠落が生まれるため、21世紀に売れる製品を作り出すことは不可能になっています。科学の世界では、「専門家思考」に対して「統合化思考」と呼ぶことが多いです。複数の専門分野をまたいで研究することで新しい発見が生まれて行くことですね。僕がいる沖縄にある世界9位のOISTも、非日本人率が70%以上であり、学祭主義といって、教授や学生が自分の専門分野をあえて掘り下げず、互いに化学反応を起こすことを主眼に研究を行い、設立後たったの10年で、著名科学誌Natureの研究機関ランキングで東大40位を大きく突き放して9位の実績をあげています。

20世紀は、「専門化の時代」でした。以前のブログでも触れています。その結果、専門分野での様々な発見が生まれましたが20世紀の後半になると枯渇しはじめ、21世紀は「統合化の時代」と言われています。詳しくは「こちらのブログ」にまとめています。

優れた完成品と言うのは、市場のペインポイントを知るところからスタートします。シーズ(種)からはスタートしません。そして、その一つのペインポイント自体も、世界全体で見ると、かなりの誤差が発生します。なぜか?ライフスタイルや文化が違うからですね。日本人にとってのiPhoneの価値とアフリカ人にとってのiPhoneの価値は全然異なると言うことです。男女や大人・子供で違うのも当然。ただし、もちろん「共通項」があります。だからこそ、iPhoneのような世界で売れる製品が出てきます。しかし、その「共通項」をどうやって発見すればよいのでしょうか?日本人である僕らが、全て日本人のライフスタイルの中だけで知ることができると思いますか?もしそう考えるなら、あなたは、相当、「思い上がり」の強い人であると言わねばならない。現に、イノベーションの世界をずっとやってきている僕からすると、ほぼ不可能であるという結論に達しています。人間の脳みそはそこまで器用にはできていない。

しかし、もし同じチームに、女性がいたら?アフリカ人がいたら?どうでしょう。一発でその問題が解決しますね。だって、一緒にプロダクトを作っている彼らの頭の中に、すでに、女性やアフリカ人でも使ってみたいプロダクトのエッセンスが入っているのだから。プロダクトの要件を決める際に、当然、彼らの意見が組み入れられていく。すると、アフリカでも、南米でも、男女問わず、人気がでる製品像のイメージがチーム内で作られていく。そして、出来上がる製品は当然、世界のあらゆるユーザーが使えるように仕上がっている。

多様性が重要になってきているというのはそう言うことです。ほとんどの日本人は、この多様性の本質的な意味を理解していない。なぜなら、日本社会は、長らく「均質性」を重要視してきたから。価値観が近いことが社会にとって良いことだと勘違いしてきたからです。日本メーカーのガラパゴス化は、まず、日本の均質社会に原因があるのです。

そして、多くの日本人は、世界のテクノロジー開発における自分たちの「得意分野」をまるで理解していない。僕は、これに対して明示的な答えを持っています。

包丁を見ればわかる日本人は「専門化」思考は得意だが、「統合化」思考は不得意である証拠

こちらは、よく東京の築地などにある刃物屋で売られている日本の料理人が使う包丁一式です。

https://www.b2b.alibaba.co.jp/aj-press/000286/

一方、こちらは、中国で売られている料理人向けの包丁

https://80c.jp/wiki/20120608-38.html

 

さて、この2枚の写真をみて、あなたは何を思いますか?

日本の料理人は、複数の包丁を使い分けて様々な日本料理を作る一方で、中国の料理人は、一つの包丁で様々な中華料理を作ります。料理のレパートリーの豊富さに関しては、日本料理も中華料理もさして変わりません。

日本の料理人は、素材別に「専門化」した包丁を求めます。野菜、魚、果物などなど。魚に至っては、ウナギをさばくための専用の包丁などもあります。細部にこだわるのが日本人の特徴です。細かい話をすると、この包丁の刃も日本の和包丁は、中華包丁とは違います。中華包丁は、両刃といって両面から刃先にかけて尖っていく形をしているのですが、和包丁、特に魚を裁く包丁などは、片刃と言って、片方だけ斜めに尖っていき、もう片方は平なのですね。魚をさばく際、特に三枚おろしにする際などに、片刃の方が、平な面を骨のある側に当てて裁くことで、綺麗にさばけるためです。つまり、狙いは「品質」にある。つまり、細部に至るまでの品質を求めると、流石に一つの包丁では要望に答えられないので、「専門化」=種類の細分化が進むわけです。

一方、同じ魚料理を豊富にもつ中華料理を作る際の「中華包丁」は、全く専門化と真逆の「統合化」を志向した包丁です。両刃で、分厚く、面も大きいため、様々な素材を切ることに使え、更ににんにくなどは、平な面を使って潰したりすることもできます。一つで何役もこなせるのが、中華包丁の特徴です。一つのプロダクトで複数のユースケースに対応できる。まさに、iPhoneのような包丁ですね。とても汎用性が高い。しかし、切る際の細かいクオリティは、その分、犠牲になります。

これが、「日本人」の特徴です。GAFAやBATに代表されるような、何十億人が使うプラットフォーム型のプロダクトというのは、「専門化」思考では決して生み出せません。細部にこだわり過ぎるため、ニーズの抽象化ができないのですね。「統合化」思考でないと不可能です。

僕は、それを理解していたので、世界で初めてリニアスケーラビリティを達成したプライベートブロックチェーンのOrb DLTを開発する際に、プロダクトマネージャは、元アップルのアメリカ人にしましたが、その狙いは上の話に繋がっています。アメリカ人は、中国人より更に統合化思考が得意だからですね。非常に物事をシンプルに捉え、最重要の本質だけにフォーカスする能力に長けています。これは、僕が、過去、アメリカ人や中国人と仕事やプライベートも含めて交流してきたことから見抜いていたことですが、そもそも、なぜ、僕がこの「専門化」思考と「統合化」思考の二つの違いを理解しながら、プロダクトを作っていくことができる起業家なのかと言えば、20代のころから、「21世紀は、統合化思考の時代になる」ことを見越して、海外経験も含めて、意識的にその点を学んできたからです。デザインシンキングなどは、統合化思考の一つですね。しかし、大半の日本人は、このデザインシンキングの本質さえも理解していません。だから、プロダクトがガラパゴス化する。

なので、僕が日本のメディアをみていて全然ダメだなと思うのは、欧米圏を中心に、日本と全く文化体系や価値観の異なる世界で活躍している日本人が、「未来の日本はどうあるべきか?」的な討論番組に一切出てないことなのですね。まあ、そういう人は英語も話せますから、別に活躍の場を日本に求める必要がないので、日本のメディアにわざわざ出てこないというのもあります。また、日本国内にも僕も含めて統合化思考がしっかりできる人も、僕の交友関係の中で、かなり数が少なく存在はしているのですが、「異端児」扱いを受けて、メディアに出てくる機会はありません。「出る杭」と見なされているからです。その結果、視野の狭い、本質的な多様性を経験したことがない日本人だけでの未来の議論ばかりが、メディアでコンテンツとして流通するため、一向に、本質的な結論が得られるわけがない。メディア側にこのレベルの感度を持ったプロデューサーがいないのが主原因です。結果、日本社会は以前からよく言っているよう「茹でガエル」になっていっているということです。

となると、日本人がマイノリティ化していない日本メーカーから、世界的にヒットする製品が生まれる可能性はほとんどないと言うことです。これをもってして、日本メーカーが今後生き残れるのか?

という問いへの答えは、僕は、当然「Yes」となる

黒子メーカーは、グローバルスケールのプロダクトを支える重要な存在である

と言うのが僕の答えです。それは、アフリカ人でもない、イタリア人でもない、アメリカ人でもない、先の包丁の例で示したように日本人だからこと最も得意とする「品質」に対する絶対的な信頼感があるからです。SDGsのような指標がますます重要になってくるこれからの世の中において、「長持ちする製品」は非常に重要です。寿命が10年ではなく、15年になるだけで、地球環境にとっては助かります。

そのような傾向がある中、日本メーカーの作り出す品質の高いパーツや内部機械は、非常に重宝されると言うことですね。特に品質の難易度レベルが高いものほど、「専門化」思考が得意な日本メーカーの実力が発揮されるでしょう。現に、東京大田区の蒲田や大阪府東大阪にある町工場には、世界シェア50%を超えるようなテクノロジーを持った中小企業がたくさんいます。実は、僕の祖父も、大阪の天王寺で、日本で唯一の笛のメーカーを起こした職人であり日本でのシェアも50%以上を持っていった起業家でした。故に、未来の日本メーカーの生き残る道があると考えています。

特に、これから世界のイノベーションの中心になっていくディープテックには、様々なものづくりが必要になるため、優れた品質のパーツを生み出すことができる日本メーカーの活躍の場は豊富にあると考えています。

ただし、OISTを中核に進めている僕のDeepTechIsland構想が現実化すれば、日本から世界に通用する「統合化」思考型のプロダクトを生み出していくことは可能です。その点は「こちらの記事」にまとめています。

以上、みなさんの参考になれば幸いです。

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