太平洋戦争のときも「失われた30年」の現代においても同じ失敗を繰り返す日本社会の根幹にある「権威主義」に対する精神的脆さとは?

 

先日お話した「スパコン富岳」に関する話(詳しくは「こちら」)と、この話は完全にリンクしているので丁寧に説明しておこうと思います。今日の話は、以前にまとめた「イギリスからアメリカへの基軸通貨の移行期から学ぶポストドル時代の仮想通貨・ブロックチェーン市場の未来」(こちらの記事)を読んでからの方が正確に理解できるでしょう。

日英同盟を結んだ明治日本と太平洋戦争をやらかした昭和日本の似て非なる点

端的に言えば、それは、「なぜ、日本は第2次世界大戦において、日米同盟を結ぶことができなかったのか?」という話です。

これは、日英同盟を深く掘り下げていくことで見えてきます。

From Wikipedia – 1900年、日本の政界では、伊藤博文や井上馨らがロシアとの妥協の道を探っていたが、山縣有朋、桂太郎、西郷従道、松方正義、加藤高明らはロシアとの対立は遅かれ早かれ避けられないと判断してイギリスとの同盟論を唱えた。

結局日露協商交渉は失敗し、外相小村寿太郎により日英同盟締結の交渉が進められた。1902年1月30日にはロンドンの外務省において日英同盟が締結された。調印時の日本側代表は林董特命全権公使、イギリス側代表はソールズベリー侯爵内閣の外務大臣第5代ランズダウン侯爵ペティ=フィッツモーリスであった。

第一次日英同盟の内容は、締結国が他国(1国)の侵略的行動(対象地域は中国・朝鮮)に対応して交戦に至った場合は、同盟国は中立を守ることで、それ以上の他国の参戦を防止すること、さらに2国以上との交戦となった場合には同盟国は締結国を助けて参戦することを義務づけたものである。また、秘密交渉では、日本は単独で対露戦争に臨む方針が伝えられ、イギリスは好意的中立を約束した。条約締結から2年後の1904年には日露戦争が勃発した。イギリスは表面的には中立を装いつつ、諜報活動やロシア海軍へのサボタージュ等で日本を大いに助けた。

また日英同盟を契機として日本は金準備の大部分をロンドンに置き、その半分以上はイギリス国債に投下したり、またはロンドン預金銀行に貸し付けるようになった。

その後、この同盟は第2次同盟、第3次同盟と計20年間に渡り継続する。

そして、第一次世界大戦後の1919年に、パリ講和会議で日本とイギリスを含む「五大国」の利害が対立し、とりわけ、国際連盟規約起草における日本の人種的差別撤廃提案が否決されたことは禍根として残り、1921年に、国際連盟規約への抵触、日英双方国内での日英同盟更新反対論、日本との利害の対立から日英同盟の廃止を望むアメリカの思惑、日本政府の対米協調路線を背景にワシントン会議が開催され、ここで、日本、イギリス、アメリカ、フランスによる四カ国条約が締結されて同盟の更新は行わないことが決定され、1923年、日英同盟は拡大解消した。

当時のイギリスの外相アーサー・バルフォアは「20年も維持し、その間二回の大戦に耐えた日英同盟を破棄することは、たとえそれが不要の物になったとしても忍び難いものがある。だがこれを存続すればアメリカから誤解を受け、これを破棄すれば日本から誤解を受ける。この進退困難を切り抜けるには、太平洋に関係のある大国全てを含んだ協定に代えるしかなかった」という心境を告白している。

この最後のアーサー・バルフォア外相の発言が今回の話のポイントの一つです。

なぜなら、日英同盟の20年間の間に起きた歴史的イベントとして、「大英帝国の没落と新たな覇権国アメリカの台頭」があるからです。

明治日本にとっての日英同盟は、Wikipediaに書かれている以外に2つの文脈があると考えています。一つは、「覇権国との台頭な同盟関係」です。当時のアジアは欧米列強の帝国主義に席巻されている状態で、多くの国々が植民地になってしまっているか、国家主権は持っていても、欧米列強との間に様々な不平等条約を結ばされて、政治的にも経済的な不利な取引をさせられていることが日常でした。

ですから、日英同盟を実現したことは、日本人にとっても当時のアジアの様々な国々の人々によっても、「アジアの奇跡」と言われる功績の一つとして評価される歴史的偉業でした。

ただ同時に、日本の中枢人物達が英国に対して持っていた「立憲君主制と国王の存在という政治的かつ文化的親近感」が二つ目としてあったと考えています。もともと明治日本の政治システムは、イギリス政府を参考に作られました。それは、日本は天皇制であり、英国も王室を持っていることから、「王は君臨すれども統治せず」の精神の元、議会制民主主義による首相率いる内閣が政治経済の舵取りを行う仕組みにフィット感があったわけですね。そして、その当時のイギリスは、大英帝国という覇権国家になっている。つまり、明治日本の中枢人物達の中には、いずれ大英帝国のような覇権国になりたいという野望があった。

しかし、明治時代が終わり、大正時代に入り、第1次世界大戦の勃発で全てに変化が起こり始めます。大英帝国の崩壊とアメリカの台頭ですね。詳しくは冒頭で紹介した僕のブログを参考にしてください。

この時点は、日本のエリート達は、実力ではまったく叶わないものの心の底ではアメリカをバカにしていたとみています。まだ当時のアメリカの文化は、日本や英国のように長い伝統がある国に比べると、かなり荒削りでやんちゃさがあるものでした。富裕層の邸宅の内装などがよい例ですが、とにかくお金はあるので、ヨーロッパ建築を見よう見まねで作り、世界中から珍しいものを買い集めて陳列しており、統一感のあるデザインというわけでもない。ネットになかなかそれを的確に表した写真がないのが残念ですが、近い日本の事例でいうと、インターネット時代に一世を風靡した「ヒルズ族」がよい参考になります。

 

ヒルズ族の典型的なライフスタイル。とにかく派手好きで、高級品を買いあさって、統一感なく身の回りに置きたがる。

 

上の写真は、ヒルズ族の典型とも言える感じです。当時のアメリカは、こんな雰囲気のやんちゃさがありました。しかし、経済力と軍事力ではすでにイギリスを凌いでおり、JPモルガン、ロックフェラー、フォード、デュポンなどに代表される巨大な資本家たちが政治にも巨大な影響力を持ち始めていた。それと比べるとヒルズ族は単なるヤンキーぐらいのレベルですね。笑

ただ、もっとも注目すべきはアメリカの帝国主義モデルです。冒頭に紹介した記事に詳しくまとめていますが、イギリスは、ローマ帝国のモデルを踏襲した「属国統治システム」でしたが、これが原因で、民族自決運動が過激化し、第1次世界大戦を引き起こしていましたから(ローマ帝国もほぼ同じことが原因で崩壊)、これを横でみていたアメリカは、決して同じ過ちを繰り返さないと、「ドル外交」という戦略的に共依存関係を作り出す全く新たな帝国主義を展開します。

また、民主主義については、今でもそうですが、世界的にみてアメリカほど、国民に民主主義思想が深く根付いている国家はありませんが、これ自体が、民族自決というトレンドを踏まえた場合に、大英帝国に変わる新たな覇権国家モデルになりつつあったわけです。

しかし、当時の昭和日本のエリートはその時代の変化を全く読み取っていなかった。それが、太平洋戦争という過ちに繋がっていくわけですね。

当時のアメリカと日本の工業力格差は30:1。どう戦っても勝てるわけがない。明治日本であれば、アメリカの存在はイギリスの存在そのもの。常識的に考えれば、四カ国条約を経由して、水面下の交渉を行い、イギリスからアメリカへの覇権移行に合わせて日米同盟を結ぶのが当たり前。

これだけの動きを昭和日本のエリート達が取れなかった背景には、間違いなく上にお話をしたアメリカをバカにするという意識がある。そして、この意識は、今の日本のエリートである官僚の中にもある。全員ではないが、一部の官僚には確実にある。仮想通貨・ブロックチェーン業界の立ち上げを通じてそのことを如実に感じました。

結局、この原因を深く突き詰めていくと見えてくるのが、日本人の「権威主義に対する精神的もろさ」であるということ。

イギリス王室や英国には歴史と伝統はあるが、アメリカにはない。だから、イギリスは尊敬できるがアメリカは尊敬できないということ。しかし、本質的には、この伝統がないことこそが、イノベーションにとって最重要事項であることを日本人は全く理解していない。

伝統が少ないということは、仏教的な表現で言うと「カルマ」が少ないという意味です。カルマとは、日本の大半の坊さんも含めて、全く理解していないのだが、カルマの法則とは、簡単に言えば、「何か言動を起こせば、それに伴う因果応報をその人やその人の属する集団(ときにそれは社会全体)が背負い続けることになる」と言うことです。つまるところ、伝統や歴史というのは、まさにカルマの塊ですね。よくも悪くもです。

だから、歴史のある社会というのは、過去に蓄積したカルマが、邪魔になって、なかなか新しい物事を形にしていくことが難しくなってしまう。なぜなら、新しい存在は、過去の存在を時として破壊するし、往往にして破壊することが多い。それは、伝統などの過去の中に根付く物事の中に、明らかに問題がある存在、つまりペインポイントが隠れており、これを解決するために、新たなものは生み出されていくからだ。

なぜ、今、アメリカが世界的な覇権国になることができているのか?複数の要因が重なっていることは確かだが、最大の強みの一つは、「カルマ」が少ないこと。言い換えれば、長い伝統と歴史を持たないことにある。だから、社会の空間のあらゆるところに余白が多いため、若いエネルギーが新しいイノベーションをゆとりを持って起こしていく力が社会に内在している。

ただし、実のところ、これは、アメリカ社会の中においても言えること。なぜ、シリコンバレーは、東海岸で生まれなかったのか? ということです。アメリカの中でも、東海岸はやはりヨーロッパ社会の影響を強く受けており、より保守的。西海岸の方がよりリベラル。その原因は、西海岸の方がアメリカ社会の中でもさらに歴史が浅いからだ。ほとんどの日本人はこのことを理解していない。

なぜなら、日本人の多くは、常に「権威主義」を好むから、このように伝統がなく歴史が浅い社会というのをバカにしているからだ。その結果の一つ太平洋戦争であったということ。つまり、プライドが邪魔して当時、まだ完全に覇権国にはなりきっていなかったアメリカと同盟を結ぶことを躊躇し、むしろライバル視したということ。それが、かえって当時のアメリカの警戒心を煽った。それが故、アメリカは日本を外交的に孤立させる作戦を展開していき、これが最終的に太平洋戦争へとつながる。一部の日本人は、この一連の出来事を「被害者意識」で語るやつがいるが、全然、歴史の本質を見えていない。原因のない結果はない。そして、その傾向はいまだに続いている。

スパコン富岳にみる戦艦大和思考も同じこと。新たな「権威」を作ることばかりに執着している学習能力ゼロの日本人たち

そう、心のそこから愚かだと思うのは、この新たな権威を作り出そうとする意欲は、今尚、日本で健在であるという不幸。いまだに1,000億円以上の税金が投下されているスーパーコンピュータ開発はその典型例。

詳しくは「こちらの記事」にまとめているが、スパコンプロジェクトは、完全に、太平洋戦争における「戦艦大和」の開発と全く同じ。全く市場に需要がないものを己のマスターベーションのためだけに作り、時代の変化を無視した結果、新たな海戦の主役である空挺部隊に沈没させられるという結果に終わっている。何千人もの若者がその犠牲になった。

それは、日本のスタートアップ業界も同じ。有名大学卒業者や有名企業出身者の起業家を日本のVCたちが優遇するのは、そこに「権威」があるからだ。シリコンバレーが、これだけ、アメリカ社会の中枢とは全く無関係の移民も含めたアウトロー起業家たちによって、世界的なイノベーションを起こし続けているにも関わらず、いまだに「権威主義」を土台にイノベーションを起こそうと躍起になっている。シリコンバレーのスタートアップエコシステムが、アウトローの存在たちが中心のインナーサークルたちによってリードされている点については、「こちらの記事」にまとめています。

「権威主義」からはイノベーションは起きない。これは、宇宙の真理と言えるレベルの話。イノベーションは、常に、「社会の余白」から生まれるからだ。以前、「こちらのブログ」にもまとめていることだが、シリコンバレーと東京の二つのスタートアップエコシステムでの起業経験がある僕が、なぜ、東京がスタートアップエコシステムとして「最悪」なのか?と言っているかと言えば、東京の社会に余白はほとんどなく、いわゆる東大ブランドに象徴されるように、東京大学も含めた「権威主義」の塊がそこにあり、かつ過去の権威主義の構築によって権力を手に入れた老人ばかりが社会の中枢にいるから。しかし、今の東京にいる連中に、このような権威主義を破壊する根性のある奴は当然いないし、またそれを完全に捨てる勇気を持ったものもいない。シリコンバレーは東海岸を捨てたものたちから生まれて行った。一方、東京の連中は、必死にそれにしがみついて、生きていこうとしかしない。その結果が、これ。論より証拠。

GAFA+Microsoftの時価総額、東証1部超え 560兆円に

この結果、日本人の多くには、毎年上がっている社会保険料から、将来的にまともに年金がもらえないという「不可逆の現実」が待っている。バカみたいである。毎年、払う年金積み立て料はどんどん上がっているのに、将来的にそれが戻ってくる保証がゼロなのである。不可逆とは決して元に戻ることができないという意味だ。つまり、絶対に起こるということ。詳しくは「こちらの記事」にまとめている。

これは視点を変えて見ても言えること。アメリカであれだけ活発な、環境破壊や人種差別に対する議論が、なぜ、日本ではこうも盛り上がらないのか? 結局、日本人が大勢をしめ、その日本人は、「自分たちの権威主義の構築と強化」にばかりに執着して、日本社会の中におけるマイノリティや、世界全体で起きている本質的な問題に対して、対岸の火事として「事なかれ主義」で応じるからに他ならない。日本の木村花さんの自殺事件とアメリカのフロイド氏の暴力死事件が、本質的に「同じ事件」であることが見えない日本人たち。その点は、詳しくは「こちらの記事」にまとめている。

たとえば、先日、今年秋に控えたアメリカ大統領選で、民主党の大統領最終候補者であるバイデン氏を支える副大統領候補として抜擢されていたクロブシャー女史が、以下のような行動をとった。


From Wikipedia – エイミー・ジーン・クロブシャー(英語: Amy Jean Klobuchar, 1960年5月25日 – )は、アメリカ合衆国の弁護士、政治家。ミネソタ州選出のアメリカ合衆国上院議員。所属政党は民主党。民主党内では中道・穏健派に位置付けられる。超党派を意識した発言や批判を行うため「ミネソタ・ナイス」(控えめで穏やかなミネソタ州の人々の振る舞い)と評される一方、口の中で溶けて消えてしまう綿菓子になぞらえ「コットンキャンディ・エイミー」という手厳しいニックネームを付けられたこともある。

今のアメリカの情勢を踏まえると、自分は、副大統領候補者としてはふさわしくないと。選ぶべきは、「有色人種の女性」であると。

僕は、OISTの幹部にもよくこう伝えている。「OISTの経営陣は、万事、非日本人が望ましい」と。同じことだ。

今の日本の政財界のリーダーたちに、このような言動ができる胆力を持ったものがどれだけいるだろうか?自分たちは、リーダーとしてふさわしくないから、海外から然るべき人物を連れてくるということが言えるリーダーがどれだけいるだろうか?

OISTには権威主義がない。その確たる証拠は僕自身の存在。Fランク大学卒で博士号も持たないが、テック起業家としての革新的なプロダクトを世に送り出した実績のある僕が、研究機関として世界9位にランクする沖縄にあるOISTに、「副学長待遇」のEIRとして参加しているという紛れもない事実。東大や京大など、まずもって、僕をこの待遇で雇うことなどないだろう。OISTが、世界9位の研究機関になることができた背景には、このような人材に対して、権威主義で評価せず、フラットに評価しているからだ。詳しくは「こちらの記事」にまとめている。

以前、落合陽一の僕のブログとYoutubeのコンテンツのパクリ行為に対しての僕の考えをまとめた記事(詳しくは「こちら」)でも述べている通り。僕は、中国古典が好きなのだが、その一つの孔子の「論語」があり、その好きな一節はこれである。

「君子は義に喩(さと)り、小人は利に喩る」

この言葉の意味は、人の上に立つべきリーダーは、常に「義」を貫くことに徹する。一方、そのような器のないものは、常に自らの利益を優先させる、ということ。

今の日本社会、完全に、君子と小人の立場が、逆転してしまっているということ。小人の精神の人間がリーダーとなって、君子の精神を持つものを支配している。こんな世の中が、なぜ、上手く回るのか?回るわけがない。だから、「失われた30年」になる。

権威主義」を日本人が捨てない限り、日本社会の沈没は、未来永劫つづくと明言しよう。

関連記事