マスター・オブ・スケール – InterActiveCorp会長バリー・ディラーのインタビュー#4

 

ホフマン:バリーにとっては、アシスタントになることは、エージェント業をやることより興味がなかった。しかし、TV業界は、新たな学びを得るにはうってつけと言えた。

 

ディラー:僕の信条として、興味を持つなら、狭い道を行くより、広く開かれた道に興味を持つべきであるということ。そして、TVの世界は正に大きく広い道だった。だから、”Yes”と答えた。

もちろん、これこそが、人生におけるセレンディピティだ。文字通り、僕が、William Morrisをやめたときだ。

ABCは、当時、全米で三番目のTVネットワークで、せっかちな会社だった。詰まるところ、なんでも試す。キャンディストアのような世界だったから、責任ある仕事をしたければ、すぐに抜擢してもらえた。

ホフマン:こうして、バリーは、ABCのために、映画を買うという仕事を掴んだ。彼は、すぐに動き出し、ハリウッドの巨人達から映画の版権購入の交渉を始めた。

ディラー:私は、僕は、Foxから映画を購入しようと思って、Darryl Zanuckと交渉を始めた。正に、ハリウッドの重鎮の一人だ。

ホフマン:これらの交渉の中間で、バリーは、TV業界と映画業界の間にある大きな「溝」を存在に疑問を持った。物語を提供するという面では一緒じゃないのか?と。やがて、彼は、TV業界に革命を起こして行く。

この考え方は、無限に学び続ける人の特徴の一つだ。一つのトピックについて大量に時間をかけて学びながら、やがて、学んだこと全てに対して疑問を投げかけていく。

ディラー:僕はこう考えるようになった。その時点での全てのTVシリーズは、そのメディアフォーマットが、コメディであれ、ドラマであれ、シリーズものが原則だった。例えば、「ルーシー」のシリーズで言えば、彼女は、同じアパートに7年も住んでいることになる。そして、決して引っ越すことがない。全てルーシーの人生における中間の話をしており、はじめもなければ終わりもない。でも、映画の世界には、必ず、始まりがあって、終わりがある。なぜ、この考えをTVの世界に持ち込んではいけないんだ、と。

ホフマン:確かに、TVの中に映画の概念を持ちこむことを断る理由は何もない。しかし、彼の同僚は、彼のこのアイデアに即反対した。例えば、「ルーシー」のようなTVショーは、言い方を変えれば、「終わりのないショー」である。だから、無限に収益を生み出せる。だから、そこに映画のような起承転結の性質を持ち込めば、1作品ごとの収益性を追求しなければならない。その度に、新しいストーリーを考え、新しい役者をキャスティングし、スタジオも作り直し、プロモーションプランも毎度作り直しである。それらのコストをカバーするだけのヒット作品を作り続けなければならない。

このように何かをゼロから作り上げることこそ、バリーを興奮させることであり、逆に、業界の古株たちを震え上がらせるものだった。なぜなら、全員が、貪欲に学び続けたいわけじゃない。大半の人間は、すでに検証が済んだ安定した仕事をしたいものだ。

だから、バリーが、”Movie of the Week”のコンテンツネタをプレゼンしたとき – これは、正にTV向けの作られた映画作品のこと – 彼の同僚達は驚愕した。今までのTVにそんなものはなかったからだ。しかし、思い出して欲しい。バリーは、3年かけて75年分のエンターテイメント史をすでに学び切っていたんだ。

ディラー:何十年も昔、まだTVが普及しだしたばかりのころ、Playhouse90や、Studio Oneなど、TV向け映画作品が実際にあったんだよ。しかし、やがて、シリーズものにリプレイスされて、誰も作らなくなってしまったんだ。

だから、僕らは、”Movie of the Week”のアイデアを思いついたんだ。毎週、新しいムービーを出していく。長さは90分ぐらいが適度だと考えた。2時間じゃない。当時、2時間は、視聴者の集中を引きつけるには長すぎると考えた。また、当然のごとく、みな、失敗すると考えた。その理由は、”だって、TVじゃないじゃん”。

そのため、僕は一人でこれをやることになった。

つづく。

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