ヨハネの黙示録における「終末論」と「千年王国」と「最後の審判」の因果関係とは?

もう、そろそろ、世の中が、この話をしてもよいタイミングになってきたのでお話します。未来の予言と捉えてください。

ヨハネの黙示録」、世紀末の予言書として、誰もが知る新約聖書の最後の章ですね。

ヨハネの黙示録に描かれている話は、主に3つです。この世の終わりである「終末論」、次に、その後に作られる、人類にとっての桃源郷(万人にとって、幸福度の高い社会)とされる「千年王国」、そして、千年王国が立ち上がってからやってくる「最後の審判」です。

以下は、ヨハネの黙示録に描かれている実際のそう描写の様子ですね。

From Wikipedia – 千年王国の概要

終末の日が近づき、キリストが直接地上を支配する千年王国(至福千年期)が間近になったと説く。千年王国に入るための条件である「悔い改め」を強調する。また、至福の1000年間の終わりには、サタンとの最終戦争を経て最後の審判が待っているとされる。千年王国に直接言及する聖書の箇所は、ヨハネの黙示録20章1節から7節。

「わたしはまた、一人の天使が、底なしの淵の鍵と大きな鎖とを手にして、天から降って来るのを見た。この天使は、悪魔でもサタンでもある、年を経たあの蛇、つまり竜を取り押さえ、千年の間縛っておき、底なしの淵に投げ入れ、鍵をかけ、その上に封印を施して、千年が終わるまで、もうそれ以上、諸国の民を惑わさないようにした。

わたしはまた、多くの座を見た。その上には座っている者たちがおり、彼らには裁くことが許されていた。わたしはまた、イエスの証しと神の言葉のために、首をはねられた者たちの魂を見た。この者たちは、あの獣もその像も拝まず、額や手に獣の刻印を受けなかった。彼らは生き返って、キリストと共に千年の間統治した。その他の死者は、千年たつまで生き返らなかった。これが第一の復活である。第一の復活にあずかる者は、幸いな者、聖なる者である。この者たちに対して、第二の死は何の力もない。彼らは神とキリストの祭司となって、千年の間キリストと共に統治する。

この千年が終わると、サタンはその牢から解放され、地上の四方にいる諸国の民、ゴグとマゴグを惑わそうとして出て行き、彼らを集めて戦わせようとする。その数は海の砂のように多い。彼らは地上の広い場所に攻め上って行って、聖なる者たちの陣営と、愛された都とを囲んだ。

すると、天から火が下って来て、彼らを焼き尽くした。そして彼らを惑わした悪魔は、火と硫黄の池に投げ込まれた。そこにはあの獣と偽預言者がいる。そして、この者どもは昼も夜も世々限りなく責めさいなまれる。」

— ヨハネの黙示録20:1-7、新共同訳聖書

何を言っているのか?ほとんど分からない人が多いでしょう。笑

また、多くのこれらの解説書は、世紀末という不安感を人に煽り、その人の救われたい精神に漬け込んで本を買わせる、霊感商法と変わらぬ金稼ぎのためのデタラメな話ばかりです。

しかし、僕にはクリアに見えているので、詳しくお話しようと思います。

まず、時間軸としては、「終末論→千年王国→最後の審判」の順序で事は進みます。そして、一番目の終末論とは、僕らが生きている「現在」の事です。

まず、最重要な点として、「この天使は、悪魔でもサタンでもある、」とは、簡単にいえば、堕落したものに裁きを与える存在のことを指しています。どういう存在か想像かつかない人も多いと思いますが、日本の歴史を例に取れば、その存在は自ずとわかります、「織田信長」が正にその存在です。

なぜなら、彼は、戦国時代の日本人にとっては、正に悪魔のような存在でしたが、後の幕末・明治の日本にとっては、天使でした。戦国時代に生まれた信長は、日本の旧勢力を容赦なく殲滅し、日本統一の基礎を作り上げた。これは、後に徳川幕府を開いた徳川家康では、到底、不可能な歴史的偉業です。分かりやすい話、家康には、比叡山焼き討ちをする度量はないですからね。信長だからやり切れること。

その多大なる恩恵を、後の幕末と明治の日本人が受けることになる。信長が築いた統一国家の基礎を家康が引継ぎ、200年にわたる統一国家システムを作り上げたことで、幕末と明治の日本は、欧米列強の植民地にならずに済み、後の、全アジアの植民地が歓喜に包まれた日露戦争の勝利という、世界史に語り継がれる「アジアの奇跡」を成し遂げることができたから。この点は、明治維新から日露戦争までの明治の治世をリードしたリーダー明治天皇が実際に語っていることです。詳しくは「こちらのブログ」にまとめています。つまり、織田信長は、人によっては、天使にもなり、悪魔にもなる両者の意味合いを持った存在ということ。

話を元に戻すと、ヨハネの黙示録においては、この織田信長のような存在のお陰で、「竜」は、千年王国の建設と運営を邪魔させないため、1,000年間の間、輪廻転生ができなくなります。輪廻転生は、すでに科学的に証明されてきていることなので、知らない人は「こちらのブログ」を読んでから、このブログに戻ってきてください。そうでないと話がチンプンカンプンになってしまうでしょう。ここが理解できれば、逆に、別に、僕が、非科学的なことを言っていないことがわかると思います。

では、ここで出てくる「竜」とはそもそも誰のことを指すか?

典型的な存在は、ポピュリストですね。要するに、例えば、僕が、「このブログ」や「このブログ」や「このブログ」や「このブログ」などで指摘している人物達のことです。そういえば、昔、ホリエモンが、TV番組で、番組の中で著名占い師の細木数子さんに占ってもらって、「あなたには、竜がついている」と言われてましたね。そういうことです。笑

要するに、歴史学の世界でいえば、乱世の奸雄というやつで、社会の混乱に乗じて、頭角を表し、口先では美辞麗句を並べているが、本人の行動は極めて利己的で、結果的に社会を腐敗させ、堕落させていく人間達のことです。そして、このような人間を尊敬し、賞賛し、もてはやす人々もここに出てくる「竜」の存在と同質です。彼らも、また、千年王国に輪廻転生することは許されていません。

なぜか? 次の存在が、それらを選別するからです。

「その上には座っている者たちがおり、彼らには裁くことが許されていた。」とは、「選別者」のことです。正しい生き方を心がけ、輪廻転生を重ねて来た人々のことです。だからこそ、終末の世界において、誰を「千年王国」に入れて、誰を入れないかを決める権限が与えられています。今まで正しい努力をしてきたのだから、正当な報酬ですね。この人々の一部は、今の世の中では、上で話をしたポピュリスト達のように目立った存在ではないことの方が多いです。しかし、正しい生き方をしてきている。ただ、明示的に選別者と言われているわけではなく、その選別者の権限を持っている人の人生を通じて、いろいろな人々と出会う中、「こいつは許しがたい。精神が腐っている。」と思った人が自然と、千年王国のメンバーから外されていきます。この「選別」というものが、どういうことかよく理解したい人は、「こちらのブログ」を読むとよいでしょう。映画「りんぐ」と「らせん」にそのヒントがあります。笑

「彼らは生き返って、キリストと共に千年の間統治した。その他の死者は、千年たつまで生き返らなかった。」

ここがミソなんですが、なんで、1,000年間なのか?

それは、次に出てくるこの一節があるからです。

「この千年が終わると、サタンはその牢から解放され(る)」

まず、1,000年とは、時間軸の目安です。別に絶対に1,000年間ということではありません。サタンとは、先ほど冒頭で触れた「竜」と同質のことです。要するに、ポピュリストなどの存在です。簡単にいえば、竜が2度と悪さできないような非常に優れた社会システムを1,000年ぐらいかけて完成させることこそが、 千年王国のゴール、ということです。

この社会システムを完成させてしまえば、竜や竜に迎合する人々は一切悪さができなくなる。一体、どんな社会なのか?というと、僕が、Orb時代にまとめたホワイトペーパーを完全に理解できれば、きちんと見えてきます。詳しくは「こちらのブログ」です。

これは、見える人には見える話です。ポスト資本主義を研究してきた僕には、クリアに見えています。ブロックチェーンを活用したDAOなども、千年王国の建設に必要な重要パーツの一つですね。DAOにおいては、社内政治をする能力しかない奴は、完全に駆逐されます。DAOの重要性については、「こちらのブログ」にまとめています。ベーシックインカムなどもそうですが、そこにタダノリすることしか考え奴も駆逐されます。巷で議論されているベーシックインカムとは異なる、僕の考える遥かに持続性の高いベーシックインカム制度については「こちらのブログ」にまとめています。AIが人間の知性を一気に引き上げるシンギュラリティなども、千年王国の世界観と密接に結びついています。詳しくは「こちらのブログ」にまとめています。

千年王国とそこに入れない人々については、聖書ではこう表現されていますね。

「彼らは地上の広い場所に攻め上って行って、聖なる者たちの陣営と、愛された都とを囲んだ。。。。そして、この者どもは昼も夜も世々限りなく責めさいなまれる。」

ここでいう「聖なる者たちの陣営と、愛された都」=千年王国のことです。

完成された千年王国では、正しい精神を持った人々は、1,000年かけた完成させた社会システムを通じて圧倒的な力を持っているので、もはや、今の世の中のように、エゴにまみれた人間や堕落したものや悪人共が好き勝手にできる余地は、その社会には一切ありません。だから、

「この者どもは昼も夜も世々限りなく責めさいなまれる。」

とあるように、彼らは、精神的にも肉体的にも追い詰められて行きます。単純な話、千年王国の社会システムの中では、乞食同然の生活しか送れなくなっているということです。悪さが一切できないからですね。今の世の中では、このような連中は、政府の定めた法律を犯すかどうかなどにもかかわらず、金と権力を持てば、好き勝手できたわけですが、千年王国の社会システムでは、そのような潜在リスクは完全排除されています。僕が考える最適な解決策の一つが、GDPに変わる経済成長指標の「SSG」ですね。こいつを経済システムの成長指標にしてしまえば、権力者はそもそも生まれなくなります。自給自足率を成長指標したら、今のように個人や一握りの人間が無限に富を手に入れ続けることなど、社会システム上、不可能になるからです。詳しくは「こちらのブログ」にまとめています。

ですから、

「この者たちは、あの獣もその像も拝まず、額や手に獣の刻印を受けなかった」

という文章の中にある、獣の刻印や、獣の像を拝まないとは、拝金主義や、既得権益に溺れなかった人々のことを言っているということです。繰り返しますが、このような人々が千年王国に入ることが許された人のことで、逆に、拝金主義や既得権益に溺れた人間は、悪魔のような天使や選別者によって、千年王国から完全除外された人々のことです。

そして、この千年王国が完成した後、最終段階で起きるのが、ヨハネの黙示録、最後のイベントである「最後の審判」です。

「最後の審判」とは、この竜と竜に迎合する人々に与える「最後の改心のチャンス」のことを言っています。だから、悔い改めることが大切というわけですね。

要するに、彼らを徹底的に追い込んで、改心を迫るわけです。社会システムが、もはや、彼らが一切の堕落的な行為を許さなくなるから、完成された千年王国の社会システムではこれが可能になっています。

そして、この最後のチャンスすら活かしきれず、改心しなかったものはどうなるか?

未来永劫、輪廻転生が不可能になります。ほとんどの人は、この言葉の重要性を理解していない。

言い方を変えると、「魂がリセット」されます。魂がリセットされるということは、「自分の存在がこの宇宙上から完全に消え去る」ということです。

人間社会でも似たようなことがありますね。人間社会で悪いことをし続けると、最終的に裁判所で死刑を言い渡されますね。ただ、仮に死刑になっても、輪廻転生がまだできるので、また別の誰かに生まれ変わることができるわけですが、「魂がリセット」されるとは、こいつが全面禁止されるわけなので、もう完全ゲームオーバーです。これが「最後の審判」です。千年王国に入れなかった人は、全てこの対象になります。

そして、その「最後の審判」の対象となる人間は、今、人口70億人のうち、果たしてどれぐらいのなのか? そこもヨハネの黙示録に描かれていますね。

「その数は海の砂のように多い。」

要するに、「現在の人類のほとんど」ということです。現在の人類が70億人です。そのほとんどです。

ちなみに、善人が多いと自分たちを自慢している日本人ですが、、、、僕の知覚力では、残念ながらほとんどいません。

しかし、なぜ、そもそもこの「最後の審判」をやるか?

というこの根本的な質問が出るでしょう。答えは、単純で、そいつが、宇宙の秩序にとって、もはやどうしようもないほどの「癌細胞」と化しているからです。あなたの体に、癌細胞があって、自分の体を蝕み、死に追いやろうとしたら、癌細胞を取り除く手術を受けたいと思うでしょう。フラクタルの世界で、その意思は宇宙の秩序も同じです。宇宙も自らの存在を維持するために、秩序を乱す存在を排除しようとするのは当然と考えるからです。近しい話は、「こちらのブログ」にまとめています。新型コロナウィルスなども、似たような存在です。別名、「老害駆除ウィルス」とも言えるからです。笑

すでに、昨今の世界や地球の異常状態を見れば一目瞭然で、ヨハネの黙示録に描かれた第1段階の「世紀末」はすでに開始しています。くれぐれも、「竜」に惑わされないことですね。一生の後悔どころでは済まない事態が、もうみなさんの目の前に迫っていることを深く自覚した方がよいです。

自らの存在が宇宙から完全に消える、これ以上に辛いことは、あなたには存在しないからです。

千年王国に入れる人数は、常に変化しています。努力次第で増えることもあれば減ることもある。万事、因果応報の世界、すなわち、善因善果、悪因悪果、努力次第で、現時点で除外されている人でも入ることができる。文明社会が、行き詰まった世紀末の世界で、救うべき存在とそうでない存在の最終選別がダイナミックに行われているということです。

以上、みなさんの参考になれば幸いです。

 

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