輪廻転生が科学的に証明されると、人の人生観はどうなるか?

NHKスペシャルといえば、世の中のタイムリーな出来事を、客観的に鋭く考察し、とても意味深くまとめてくれる番組ですよね。僕も大好きで、よく見ているのですが、その中に一つ、NHKらしからぬことを特集した番組があります。「輪廻転生」についてです。

タイトルは「NHKスペシャル 超常現象科学者達の挑戦」。その中で、アメリカで実際に「輪廻転生」=生まれ変わりの研究をしている大学研究室を紹介し、そこで調査・保管されている2万ケース以上のもの生まれ変わりの事例を紹介しています。生まれてから前世の記憶を話す子供が、今、世界中にいるのですね。実際に、その子達は、生まれてから言葉を話し出すちょうど5歳ぐらいから、前世の記憶を鮮明に語り始めます。そして、その大学の研究室では、その子の記憶を元に、その子が語る前世の人物が実際に存在しているかどうかを調査し、見事の、その人物を突き止めた事例が紹介されています。現代とは違って、半世紀も前になると、個人を特定する情報がとても少ないですから、その特定できているケースがまだ少ないようです。

そして、最後に、1973年にジョセフソン効果という超伝導体関連の研究で、ノーベル物理学賞を受賞したブライアン・ジョセフソン博士の言葉で締めくくります。

「科学は常に前進し続けます。現在の非科学こそ、未来の科学の対象なのです。」

動画は、もう再放送予定がないようなので、代わりに同じ内容の書籍が出ているので紹介しておきます。まだ読んでいない方は是非、読んでみてください。とても面白いです。

 

 

僕は、この番組を見た時に、ある人の言葉を思い出しました。

「UFOがホントに出現したら、NHKのニュースで放送しますよ」by 矢追純一氏

矢追さんは、日本でよく知られたテレビプロデューサーの方で、もっともよく手がけられたのが、UFO関係です。その際にお話されていたのが、この言葉で、僕も彼のWikipediaで知った時に、「そりゃ、そうだよね。」と思いました。

つまり、NHK、しかもNHKスペシャルというNHKでも最も真面目な番組で、「輪廻転生」というテーマを実際に扱う時代になったんだな、ということです。と思って、Youtubeを調べてみたら、本当にNHKニュースでUFOが報道されてました。笑

 

 

映像に紛れ込んでいるので、報道ではありませんが。笑

ただし、実際に、ドキュメンタリーでUFOを扱っているNHK番組もあります。こちらです。

NHKドキュメンタリー:幻解!超常ファイル UFO伝説の正体2人類との禁断の秘密&こっくりさん

ということで、もう、NHKが、輪廻転生や、UFO、宇宙人などについて認めている時代になってきたんですね。

僕も「輪廻転生」は間違いないと考えています。僕も自分の前世や更にその前の前世の記憶などがあります。僕が明確に転生した記憶があるのは、幕末から明治、として、戦国時代と、古代イスラエルですね。それをここで話をしてもしようがないので、一番大事なことについてお話したいと思います。それは、

「輪廻転生」を受け入れると、人の人生観はどうなるか?

ということです。大半の人は、死を恐れながら生きていますよね。死ぬのが怖いから働くし、死ぬのが怖いから生きている間に、少しでもいい想いをしようとする。ほとんどの人がまだそうですね。ただ、僕の場合でいうと、僕は「生死に対する執着」というのが全くありません。人は、生きているということは、何かまだこの世に必要とされる役目が残されているのであって、逆に、死ぬということは、その役目がもう残っていない、というそれだけのことだと理解しています。

だから、多くの人が、そうであるように、自分が生き残るために、誰かのものを奪おうとか、人を支配しようとか、そういう考えが一切ありません。世の中が、少しでもよくなるように自分の人生を位置付けることが大事だと考えています。

しかし、自分たちの歴史を振り返ってみると、ほとんどの場合において、奪い合いや足の引っ張り合いを繰り返してきているなというのが、僕の歴史観です。世界で初めて、非常に高度な法治システムを元に世界帝国を作り上げたのは、「ローマ帝国」だったわけですが、塩野七生さんの「ローマ人の物語」など含めて、ローマ帝国の建国、繁栄、滅亡の歴史を見ていると、結局、僕らの歴史は、大なり小なりこれを繰り返しているだけだなということが見えてきます。今の国家同士の駆け引きや、企業同士の競争を見ても、基本的には、「明日のローマ帝国は自分たちだ!」という争いを続けているわけです。ひとことでいえば、歴史は何千年も経過しているのに、人の精神がほとんど成長していないということです。涙

しかし、「物質的には1,000年前より豊かになった」という大人が大勢います。僕は、そこにも疑問を持ちます。なぜなら、1,000年前の食べ物の多くは、自然の肥沃な土で育てられ、農薬や科学肥料など全く使われず、今の農業方法でいえば、限りなく「自然農法」に近い方法で育てられていました。また、畜産物にも、ホルモン剤や抗生物質などは一切投与されず、自然なままの育ち方をした肉や魚を食べていました。そして、調理方法も、電子レンジなど電磁波まみれの調理方法はなく、マキや炭で料理していました。一方、僕らの今、口に入れているものの大半は、薬品まみれ、添加物まみれ、しかも、冷凍食品やコンビニの食べ物などは、電子レンジで電磁波まみれの状態で調理して食べているわけですね。そして、それを僕らは、物質的に豊かになったと賞賛しているわけです。

実際に、自然栽培のにんにくや、放し飼いで育てられたニワトリの卵や肉を食べたことがありますが、びっくりするほど美味しいのです。この体験をしたとき、それらの大人の言葉が、いかに稚拙な浅はかな考え方だと思いました。

思うのですが、輪廻転生を、僕らが、当たり前のように受け入れたとき、このように、先の現代のローマ帝国を作ることばかりに邁進している生き方や、物質的に豊かになるために地球を犠牲するような農業やモノづくりをしている現代に対して、人はどのように考えるようになるのでしょうか。

「何かを成し遂げたい」という願望は、誰にでもあります。しかし、輪廻転生の世界においては、人生は一度きりではないので、未来永劫、どこかの時代の誰かに生まれ変わりながら、自分の人生は続いていくわけです。輪廻転生の世界から、正確にいえば、自分の魂が宿った肉体が、歳をとって寿命がきたとき、もしくは何かしらの事故か何かで脳と心臓が動かなくなってしまったとき、別の肉体に宿り、また新しい人生をスタートさせるわけです。

つまり、「生きる」ということが、永遠の世界になっているのが輪廻転生の世界なのに、今の人生で、何かを成し遂げたいために「奪い合いや足の引っ張り合い」に明け暮れる生き方をすることに、どれほどの価値や意味があるのだろうか?ということです。僕からみると、もっとも愚かな自慰的行為(=単なる自己満足)だなと思うのです。

そんなとき、このショートストーリーを思い出します。

メキシコの海岸沿いの小さな村に、MBAをもつアメリカのコンサルタントが訪れた。
ある漁師の船を見ると活きのいい魚が獲れている。

コンサルタントは聞いた。

「いい魚ですね。漁にはどのくらいの時間かかるのですか?」
「そうだな、数時間ってとこだな。」

「まだ日は高いのに、こんなに早く帰ってどうするのですか?」

「妻とのんびりするよ。一緒にシエスタを楽しみ、午後にはギターを弾きながら子供と戯れ、夕暮れにはワインを傾けながら妻と会話を楽しみ、それで、寝ちまうよ。」

それを聞いてコンサルタントはさらに質問をした。
「なぜもう少し頑張って漁をしないのですか?」

漁師は聞き返した。

「どうして?」と。

「もっと漁をすれば、もっと魚が釣れる。それを売れば、もっと多くの金が手に入り、大きな船が買える。そしたら人を雇って、もっと大きな利益がでる。」

「それで?」と漁師は聴く。

コンサルタントは答える。

「次は都市のレストランに直接納入しよう。さらに大きな利益がうまれる。そうしたら、この小さな村から出て、メキシコシティに行く。その後はニューヨークに行って、企業組織を運営すればいいんだよ。」

「そのあとはどうするんだ?」漁師はさらに聞いた。

コンサルタントは満面の笑みでこう答えた。

「そこからが最高だ。企業をIPOさせて巨万の富を手に入れるんだ。」

「巨万の富か。それで、そのあとはどうするんだい?」と漁師は最後に質問した。

「そしたら悠々とリタイヤさ。小さな海辺の町に引っ越し、家族とのんびりシエスタを楽しみ、午後にはギターを弾きながら子供と戯れ、夕暮れにはワインを傾けながら妻と会話を楽しむ。のんびりした生活を送れるのさ。」

漁師はため息をつき、やれやれ、という顔で一言を付け加えた。

「・・・・そんな生活なら、もう手に入れているじゃないか。」

要するにそういうことです。何を生き急ぐ必要があるのか?ということですね。何を幸せと思うか?

イケハヤさんのブログについて、僕が共感できることとそうでないことについて、まとめていますが、基本的には、同じことかなと思います。

イケハヤさんに共感できることとそうでないこと

みなさんが、1日でも早く、地球に優しい自由な人生を送れることを祈っています!

Ahmed zayan

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