20世紀は「細分化の時代」、21世紀は「統合化の時代」であるとはどういうことか?

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さて、前回、人口ピラミッドの話で出てきた「多様性」の話。これは、実は、現代の科学の発展の歴史と密接に結びついています。

20世紀は「細分化」による発展の時代

これの最もわかりやすいのは、「科学」の世界です。20世紀、科学は最も細分化が進んだ分野でした。その影響を色濃く受けたのは大学教育ですね。高等教育機関として、科学を探求する学者は大半大学に席をおきましたから、当然、学問分野の細分化が科学の細分化と比例関係にあったわけです。例えば、アメリカ最古の大学の1つである総合私立大学のハーバード大学を例に取りましょう。設立されたのは、1636年です。その当時の学科は、「神学部」、たった1つだけでした。アメリカは、もともとイギリスでイギリス国教会によって迫害されたプロテスタント系のピューリタン(=清教徒)の一派が作った国(正確にはイギリスの植民地)でしたから、教える学問もピューリタンの教義だったわけですね。しかし、1800年代から徐々に学部が増え、特に1900年代に、最も増えます。学部の一覧と創設された年は下記の通りです。

  • Medicine 1782年
  • Divinity 1816年
  • Law 1817年
  • Dental Medicine 1867年
  • Arts and Sciences 1872年
  • Business 1908年
  • Extension 1910年
  • Design 1914年
  • Education 1920年
  • Public Health 1922年
  • Government 1936年
  • Engineering and Applied Sciences 2007年

一覧をみていただくとわかる通り、現在ある12学部のうちの約半数の6学部が、20世紀に創設されたのですね。細分化の象徴とも言えます。細分化の世界では「分業による効率性」がビジネスでは重視されます。たとえば、かつて日本でGE元会長のジャック・ウェルチ氏の経営哲学がもてはやされた時代が2000年代初頭にありましたが、彼の経営哲学の基本は、シックスシグマによる分業と効率性を重視した経営理論です。その頃、僕が在籍していた会社の上司も、このジャック・ウェルチの本の話をしては、チームの役割の細分化ばかり考えていましたね。しかし、細分化をすればするほど、全体が見えなくなるので、社員一人一人はストレスを抱えるようになります。実のところ、日本に入ってきたタイミングでは完全、理論が時代遅れになっていたということです。そして、ウェルチ氏が2001年というタイミングでGEグループの会長職を退いたのも、彼自らが時代の変化を感じ取ったのだと思います。

そして、もう1つ例を出すと、ノーベル賞も同じです。もともとノーベル賞自体は、起業家アルフレッド・ノーベル氏(1833年10月21日 – 1896年12月10日)が、ダイナマイトを発明し、巨額の富を稼いだのですが、ダイナマイトが戦争兵器として使われることが多く、世間からは「死の商人」と批判されたことを悔いて、自身の財産の大半を使って作った科学賞です。彼の遺言は、

「私のすべての換金可能な財は、次の方法で処理されなくてはならない。私の遺言執行者が安全な有価証券に投資し継続される基金を設立し、その毎年の利子について、前年に人類のために最大たる貢献をした人々に分配されるものとする」

という言葉に基づき、1901年、ちょうど20世紀の初めの年に設立されます。その時、彼の遺言により科学の各分野が設定されました。

  • ノーベル物理学賞
  • ノーベル化学賞
  • ノーベル生理学・医学賞
  • ノーベル文学賞
  • ノーベル平和賞
  • 経済学賞(正式にはアルフレッド・ノーベル記念スウェーデン国立銀行経済学賞)

これも象徴的な細分化なのですね。しかも、20世紀は、各分野の研究内容とその成果に明確なラインが引かれていることが多かったのですが、最近、そこが曖昧になっているという話が多く出ています。なぜかというと、学者の方々も、他の分野の研究などを参考にしたり、また自身もその分野の研究に関わるなどして、最終的な成果を発表しているケースが増えてきたのですね。これが、21世紀に入って「統合の時代」に入ってきた証拠と捉えています。ちなみに、近代に入る前は、コペルニクスなどが良い例ですが、カトリック司祭でありながら、天文学者でもあり、法学者、医者でもあったのですよ。歴史は、実は、ある角度から見ると、この細分化と統合化の歴史を繰り返しています。

21世紀は「統合化」によるパラダイムシフトの時代

科学の世界で起きていることは、確実に僕らの社会に影響を与えていきます。例えば、僕が大学生の際に最も興味を持ったのは「複雑系」という学問分野でした。この分野は、はっきりいって自然科学(物理学や生物学など)と社会科学(経済学や法学など)との境界が全くない学問分野です。自己組織化理論や、カオス理論、フラクタル現象などを扱う分野ですね。いずれも共通しているのは、「多様性」をそのまま受け入れて、適応していこうという着想です。はっきりいうと多くの日本人が苦手な領域なのですね。この点は、のちほどくわしく触れます。

iPhoneは間違いなく「統合化」時代の産物

パーソナルコンピュータに新たなパラダイムを与えたiPhoneは、僕は「統合化」時代の象徴的な産物だと捉えています。これが出た時に、ソニーの技術者と話す機会があり、とても印象的な言葉を言っていました。

「技術的には何1つ新しいものが入っていないのに、なんでみんなこれがすごいというんだ。」

そう、その方は、ソニーでは年配の技術者の方でしたから、まさに20世紀、高度成長時代のソニーと共に育ってきた人だったので、常に新しい技術による製品投入こそが、ユーザーの心を惹きつけるという古い感覚に囚われている人だったのですね。しかし、今の時代は違います。「統合化」の時代なので、むしろ様々なテクノロジーやビジネスモデル、そして、UXなどを組み合わせることで、全く新しい体験を生み出すのが答えになっている時代なのですね。ですから、1つの分野だけ極めても、最適解が得られない時代なのです。

著名な経済学者のジョン・K・ガルブレイス氏(John Kenneth Galbraith、1908年10月15日 – 2006年4月29日)は、そのことを持ってしてこれからは「不確実性の時代」に入るという表現を残したのですが、確か、ガルブレイス氏など、20世紀の科学の延長線上で社会を捉えていた学者にとっては、そのように見えてもおかしくないのが21世紀だと思います。

先に、「はっきりいうと日本人が最も苦手な領域」と表現したのは、そこに繋がってくるのですね。

日本人の男性の多くがもつ「職人気質」は「多様性」と相容れず統合化時代のイノベーションの「阻害要因」にしかならないということです。職人気質の人というのは、徒弟制度を好み、他人との境界線を作りたがり、自分の専門領域に他人が入りこむことを「侵食」と解釈する極めて「閉鎖的」な価値観です。日本人が、単一民族性に基づく「村社会」的な価値観も同じです。特に、英語もまともに話せないのに、異文化のことをああだこうだ批判している人は、その典型と言えるでしょう。「多様性」というのは、異文化に対する寛容さから生まれるものです。異文化に対する「閉鎖性」からは生まれないのです。

なぜ、ビジネスを含めた社会科学の分野で「多様性」が重要かと言えば、自分が体験したこともない異文化や人生観が世界中、様々な形で息づいており、これらを文化的に(決して、政治的にではない)統合していくことも、21世紀におこる「統合化」の1つだからです。それは、1つの統合的な地球の文化を生み出すことではなく、今西錦司氏が唱えた「棲み分け論」と同じで、それぞれの文化的特徴を分け隔てなく抱擁するような存在こそが、21世紀のイノベーションの形なのですね。iPhoneは、その象徴的な存在だと思います。Googleの検索エンジンも同じですね。だから、世界中に受け入れられています。

別の事例で言えば、沖縄にある沖縄科学技術大学院大学(OIST)も統合化の流れを受けて2011に開始している大学院大学ですね。研究分野としては、神経科学、数学・計算科学、化学、分子・細胞・発生生物学、環境・生態学、物理学、海洋科学などを扱っているのですが、学部は1つしかない。つまり、専門分野別の垣根を取っ払っているのですね。そして、学生にも起業を促していることから、正に統合化時代の高等教育機関だと思います。ここは、正にこれからの日本に必要な全く新しいタイプの人材を育てており、僕もとても注目している教育機関の1つです。

そして、トークンエコノミーも、その「統合化」の流れが生み出している産物の1つなのですよ。その点についてはこちらにまとめています。

https://lifeforearth.com/?p=3492

しかし、日本人というのは、大半、外国人に対して表向きは笑顔ですが、深く入り込むと、日本の文化に対する異常な優越感を持っている。これはよくないですね。実際、ダメなところを世界最速の分散型台帳であるOrb DLTを開発したときに体感しました。日本人は、品質を追求する感性が優れているので、ソフトウェアにおける可用性含めた安定性を要求される分野では非常に高い能力を発揮しますが、性格がまっすぐなので、顧客サイドに近ずく仕事を任せると、顧客や営業からの要件をストレートにソフトウェア仕様に組み込もうとするので、ソフトウェアの拡張性が上がらないのですね。この辺りは、メンドくさがり屋のアメリカ人のエンジニアの方が上手です。「要件の抽象化」が上手いのです。顧客の要望通りに作っていたら、自分たちの仕事が増えるから、どうやったら、サボれるか、という感じで要件を落とし込んで行くので、結果的に抽象度が高い設計になっていくわけですね。また、日本はハッカーが少ないので、安全性を担保する実装に関しては、能力が非常に低いですね。鍛えられていないのです。ハッキリ言ってしまえば、「平和ボケ」だと思います。このあたりは、ウクライナなど東欧系のエンジニアが強いのはテック業界ではよく知られていることです。冷戦時代に東欧は、西側と東側が最もシビアな情報戦を展開していた地域なので、ハッキング対策などの領域に関する研究が特に発達しているのです。あと、イスラエルもセキュリティに強いエンジニアが豊富ですね。また、スイスでの仕事が長いスウェーデン人は、チーム内のコンセンサス作りがとても上手なエンジニアリング・マネージャでした。これは、オープンソース・ソフトウェアの世界でもよく聞く話ですが、ヨーロッパは、第一次世界対戦、第二次世界大戦の火種を産み、そしてユーロ統一という流れを作り上げて行った歴史的背景があるので、どう争いを避けて協力的な着地点を見出すかということに対しての経験値がとても豊富なのですね。

世界最速の分散型台帳であるOrb DLTは、正に僕が意図して作り上げた「多様性」のあるチームが産んだ素晴らしいプロダクトだったのです。(まあ、僕の手からはすでに離れてはいますが。笑)

ソフトウェアの開発に限らずですが、人は一人では生きて行けず、日本人も全く万能ではない。だから、世界のそれぞれの文化的背景を元に育ってきた人材が、上手にコンセンサスを作りながら1つの素晴らしいプロダクトを作っていく、これが、ミレニアム時代のイノベーションの形であり、だからこそ、「多様性」に対する寛容度を身につけることがとても重要になるということですね。

多様性になれる第1歩は、世界共通言語である「英語」を身につけることです。相手の話している言葉が理解できなければ、寛容になりようがありません。以下、参考リンクです。特に若い人がすぐに始められる勉強法についてまとめています。

https://lifeforearth.com/?p=1649

その意味でいうと、日本経済は、非常に中途半端なのですね。人口もまだ1億人いるし、経済力も世界Top5以内。日本社会が、幕末の時のように「背水の陣」になれば変わるかなと思いますが、ちょっとそれは難しいわけですね。天変地異が度々起これば変わるかもしれません。幕末も天変地異がかなり連続で起きましたからね。

その点からも、日本の社会は、いわゆる「日本人」が社会のマジョリティを占めることは僕は健全ではないと考えており、「戦略的移民政策」と「日本連邦制」を積極的に推進し、日本社会そのものを多様性溢れる社会に変貌させるべきであると考えています。

ただ、僕は、Googleが世界で展開しているスタートアップ支援のインキュベータープログラムGoogle Launch Pad Programのリード・メンターをさせていただいているのですが、同じプログラムの海外のメンターと親しくなる機会に恵まれ、そこでこの「多様性」に関わる、とてもユニークな体験をしました。それは、イスラエル出身の起業家たちとの交流です。次回は、その点について詳しく話をしたいと思います。

https://lifeforearth.com/?p=4307

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