岐路に立つコンビニ業態を救う奇策2つはある

コンビニは、完全にビジネスモデルの岐路に立たされていると思います。最も根源的な問題は、最低賃金法の改正による人件費のインフレと、過剰店舗問題です。いずれも、資本主義が招く問題ですね。僕は、以前、こちらのブログで、「コンビニをNPO化すればよい」というアイデアを出しましたが、その発展モデルを2つ考えたので、詳しくお話します。ATM、郵便ポスト、公共料金・税金の支払い、住民票写しの発行など、コンビニは、完全に社会インフラ化しています。この業態が衰退することは、日本人の誰もが望みません。 なので奇策を2つ考えました。 交番機能を融合し、警察官に常駐してもらう こうすれば24時間営業できますね。しかも、最近、コンビニでは、夜間、コンビニの店員にストーキング行為を働くお客さんが出ているという話をよく聞きます。もともと、コンビニは、鈴木敏文氏が、当時の小売業態としては異例の24時間365日営業を実現した際の理由の1つは、「コンビニが空いていることで、そこに逃げ込めば防げる犯罪もある」という考えがありました。これは本当にその通りだったのですが、今やそれが当たり前になってしまったため、その犯罪防止効果は維持されつつも、今度は逆の現象も起きているわけですね。警察官が常駐すれば、その問題は解決しますね。また、深夜のコンビニは、店舗も忙しくありませんから、バイトは一人にして、もう一人は警官にし、商品の棚卸などは警官に手伝っていただいても良いのです。そうすれば、今のコンビの深夜営業体制は最低2名なので、そのうち一人分のバイト代は浮かせることができます。 僕が、なぜ、このような発想をするかと言えば、日本の武士は、本来、半分農民だったのですよ。公的に武士という階級が成立したのは江戸時代以降です。もともと武士階級の始まりは、地方の民兵組織です。要する、有事になれば、戦士として機能するが、普段は、一般人と同じ生活をしていたのです。なんで、現代だけ、警察官が警察の仕事だけするのか?という話です。時間が余っているなら、民間の仕事を手伝えばよいわけです。我々は税金を払っているのだから。 From Wikipedia – 簡単に言えば、武官は「官人として武装しており、律令官制の中で訓練を受けた常勤の公務員的存在」であるのに対して、武士は「10世紀に成立した新式の武芸を家芸とし、武装を朝廷や国衙から公認された『下級貴族』、『下級官人』、『有力者の家人』からなる人々」であって、律令官制の訓練機構で律令制式の武芸を身につけた者ではなかった。ただし、官人として武に携わることを本分とした武装集団ではあった。 また、交番は、2006年時点での全国6,362か所であったのですが、基本、減少傾向にあります。 From Wikipedia – 警察官が減少しているため、一定時間のみ警察官が滞在する交番や、警察官を配置せずにテレビ電話を置いただけの無人交番も運用されている。この様な問題を抱えている交番を「空き交番」ということがある。このことで、暴漢から交番に逃れたものの無人で、結局暴行を受けた、などの事件も発生しており、課題となっている というわけですね。コンビニに交番機能を持たせるアイデアであれば、警察の巡回先も1つ減りますから、かなり効果的だと考えています。これも、コンビニオーナー側が人事権を持つのがコンビニのフランチャイズモデルの基本なので、地元オーナーと地元警察による地域経済への奉仕の1つになるということです。 消防署機能と救急病院機能を融合させる もう1つは、このアイデアですね。こちらも、必ず、宿直の方がいます。ならば、その機能もコンビニと融合させようということです。幸い日本は、皆気配りのきく平和な社会なので、消防士の深夜の活動機会も多くありません。しかし、彼らは警察官と同じくしっかり鍛えられていますから、コンビニの深夜勤務もさることながら、夜に多い搬入業務なども手伝うことができるわけです。 コンビニ内に応急処置ができる機能をある程度揃えることができれば、店舗が5万以上ありますから、病院に行かずとも救える命も出てくる可能性があります。病院は、やはり数が限られるものですから、これを増やすことを期待するより、今あるコンビニという非常に優れた社会インフラを利活用することで、効果をあげる方が、シェアリングエコノミー的な発想で、国連のいうSDGsなどの概念にも当てはまると考えています。 最後にまとめとして繰り返しますが、もともと、我々の社会には、「公共機関」というのは存在しなかったのですよ。国民国家の成立とともに作られたのです。本来は、多くの地域の課題は、コミュニティが解決していました。ですから、民間と公の間に垣根というのは存在しなかったのです。 以前、こちらのブログで、20世紀は細分化の時代、21世紀は統合化の時代という話をしましたが、この僕の考えも、その発想をベースにしているのです。 20世紀は「細分化の時代」、21世紀は「統合化の時代」であるとはどういうことか? はてさて、鈴木敏文氏という起業家を失ったセブンが、このような破天荒な発想まで含めて、どこまでやれるのか?今後に注目です。 イノベーションのジレンマを超えられるのは起業家精神であってサラリーマン精神ではない