日本の労働生産性が50年近くも 主要先進7カ国のなかで最下位である理由とは?

というタイトルで、橘玲氏が面白い記事を投稿していたので、僕の考えもブログにしておこうと思います。

原文はこちらです。かなり長い記事です。

公益財団法人日本生産性本部の報告書『労働生産性の国際比較 2017 年版』によると「2016 年の日本の時間当たり労働生産性(就業 1 時間当たり付加価値)は、46.0 ドル(4,694 円/購買力平価(PPP)換算)。米国の 3 分の 2 の水準にあたり、順位はOECD 加盟 35 カ国中 20 位だった。名目ベースでみると、前年度から 1.2%上昇したものの、順位に変動はなかった。主要先進 7 カ国でみると、データが取得可能な 1970 年以降、最下位の状況が続いている」

とのこと。つまり、ほぼ50年間、労働生産性においては7カ国中、日本は最下位なわけです。この原因についての見解ですね。僕の考えは異なります。

まず重要なことは国家経済の「成長の定義」で日本は迷走している

日本の戦後の急激な経済成長、いわゆる「高度成長の時代」は、工業によって、牽引されました。自動車、家電、マイホームなどですね。なぜ、そうなったか?と言えば単純で、敗戦で日本国中が焼け野原になってしまったので、皆、ほとんどの財産=所有物を失ってしまったからです。当時の官僚は、この問題を解決するため、工業を中心に経済再生をする方針を固めました。日本の高度成長を象徴する言葉として、「3種の神器」や「新3種の神器」などがあったわけです。

From Wikipedia – 1950年代後半、白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫の家電3品目が『三種の神器』として喧伝された。これら3品目の家電は、努力すれば手が届く夢の商品であり、新しい生活の象徴だった。1960年代半ばのいざなぎ景気時代には、カラーテレビ (Color television)・クーラー (Cooler)・自動車 (Car) の3種類の耐久消費財が新・三種の神器として喧伝された。これら3種類の耐久消費財の頭文字が総てCであることから、3Cとも呼ばれた。1968年(昭和43年)には、電子レンジ(Cooker)、別荘(Cottage)、セントラルヒーティング(Central heating)が新3Cと呼ばれるようになった。1990年代以後、すなわち冷戦後になると、様々な新三種の神器が三度マスコミ主導で提案されているが、浸透には到っていない。

最後の「1990年代以後、すなわち冷戦後になると、様々な新三種の神器が三度マスコミ主導で提案されているが、浸透には到っていない。」というのが、ポイントですね。

なぜなら、工業のビジネスというのは、すべての人が購入してしまうと、後は買い替え需要しかありませんから、消費が一気に低下します。今のサブスクリプション経済のように、定額で売上が上がる(リカリング・レベニュー)が強いビジネスモデルではないのです。人口が増えていても同じです。更に、工業製品は、常に原価の概念が付きまとうので、経済成長によって国民の労働単価がインフレしていくと、利益がどんどん薄くなります。だから人件費の安い発展途上国に工場移転する訳ですね。すると、工業における国内の雇用需要は減ります。いわゆる産業の空洞化という現象です。だから、政府の要請で、マスコミが「新三種の神器」と消費者を煽ったところで、消費者側の需要が細っているので、高度経済成長期ほど盛り上がることは絶対にないのです。

そして、そのことを先に体験したのがアメリカ経済です。アメリカ経済は、第二次世界大戦後の1950年代に未曾有の好景気を「工業」中心に経験するのですが、この原因は、戦後のヨーロッパ経済と日本経済の復興をアメリカが資金と企業の両者で支援したことによる好景気でした。両者とも戦争で焼け野原になってしまったので、工業生産力を失っていたからですね。

しかし、彼らが復興してくると、その需要がなくなるため、アメリカが1960年代に深刻な不況を経験します。そして、当時のアメリカよりも労働単価の安い日本が工業力でものすごい成長をしたので、アメリカの製品が世界で売れなくなって行ったことを背景に、ベトナム戦争などを通じて軍需景気を作ろうとしたり、貿易摩擦問題を起こして日本のメーカーと交渉してきたりしたのですが、どれもうまく行かず、クリントン・ゴア政権が、ITと金融による産業転換をアメリカ経済に仕掛け、これが見事に成功したことで、アメリカは、国家経済を支える産業業態の転換を達成し、労働生産性を引き上げてきたわけです。

まあ、その結果、その路線に完全に取り残された中西部が反発して、トランプ氏を米大統領の選んでしまったわけですが。

トランプ氏は、なぜアメリカ大統領になることができたか?

僕は、この成功は、アメリカの社会自体が、国家誕生から200年程度と歴史が浅く、また、アメリカ人のアイデンティティとして「フロンティア・スピリッツ」=開拓者精神があるため、いわゆる「クリエイティブ・ディストラクション」(=創造的破壊)を厭わない文化が根付いていることに支えられていると思います。日本やヨーロッパは数千年の文明史がすでにあるため、「伝統」という社会的なしがらみが至る所にあり、このクリエイティブ・ディストラクションをやりづらい社会です。

ですから、日本は、バブル崩壊後も、引き続き、自動車メーカー中心に工業が牽引することとなり、業態転換に失敗してしまっているのですね。これが「失われた20年」の原因の1つですね。ただ、この失われた20年の本質は、バブル崩壊後の新たな成長定義に迷走している点がもっとも大きいと思います。強いていえば、政府側のスタンスが曖昧ということですね。例えば、北欧社会のように、過当競争を捨て、ギリシャのアルカディアがそうであったように牧歌的な社会を目指す方向なのか、アメリカや中国のように、強い競争原理に基づく社会を目指すのか。もしくは、人口も減っていることだから、イスラエルのように少数精鋭の知的社会を目指すのか?はっきりしないのですね。

どの方向を目指すにしても、1つだけ明確なことがあります。それは、社会的イノベーションの必要性です。

現代におけるイノベーションは、経済成長のためではなく文明社会の転換のためにある

社会システムを作り変えるにはイノベーションが必要です。イノベーションは、オーストリア・ハンガリー帝国の経済学者であったジョセフ・シュンペーター(1883年2月8日 – 1950年1月8日)が定義したものですが、その定義も時代と共に変わりつつあります。彼がイノベーションという言葉について定義した「経済発展の理論」は1912年の著作ですからね。100年以上前です。

彼の定義では、イノベーションとは、①新しい財貨の生産、②新しい生産方法の導入、③新しい販売先の開拓、④原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得、⑤新しい組織の実現(独占の形成やその打破)とあるのですが、当時は、今のように人口爆発による環境破壊なども起きてませんから、ひたすら経済システムの拡張をもたらすことをイノベーションと定義したのは別におかしなことではありません。しかし、それから100年後の今は、我々、人類が置かれている状況は全然異なります。その点は、Orbのホワイトペーパーを読んでもらえればわかります。

Orbのホワイトペーパー「Orbが目指す自然的な経済システムについて」

ですから、今の僕らの社会にとって必要なイノベーションは、彼が活躍した時代とは異なるものでなければならないのです。僕がここであえて一般的なイノベーションという表現に「社会的」という言葉を前につけているのは、そのためです。

イノベーションは長時間労働からは生まれない

そして、一番重要なことは、イノベーションは「長時間労働」からは絶対に生まれないということですね。イノベーションというのは、「思考のゆとり」から生まれるのです。実際に、起業家として0から1の世界を作った人であれば、これは確実に共感できることだと思います。スティーブ・ジョブズが生まれた時代のシリコンバレーがまさにそういう環境がありました。あくせく働く世界からはイノベーションは生まれないのです。その点はこちらにまとめています。

シリコンバレーの地価高騰がもたらす起業家にとって辛い「思考のゆとりの喪失」

仮に、日本が国家経済として、アメリカと同じ路線を目指すのであれば、必要なことは、生活コストが強烈に安く、それでいて知的少数精鋭集団を育成するエコシステムを日本国内のどこか作ることですね。もちろん、東京以外で。笑 中央政府と大企業の影響力が強い東京にスタートアップとVCが集中している限り、AppleやGoogleに匹敵する日本発の世界にインパクトを与える社会的イノベーションが起きていく可能性は極めて低いと断言します。

しかし、その作り方も非常に重要で、政府のリーダーシップではないことが必須条件です。シリコンバレーが自然発生的にできたように、地方と民間に自由にやらせることです。つまり、日本を連邦制に移行するということです。日本の中央政府の官僚が何から何まで仕切っている限り、それは絶対に実現しません。それが、僕がOrbのブロックチェーンを使った「藩札2.0」を通じて日本人と日本の政治家と官僚に語りかけたことです。そうしないと、日本の若者は、引き続き、時代遅れの産業形態のままの大企業で、朝から晩まで長時間労働させられ、過労を苦に自殺する若者が絶えないでしょう。まさに、現代版「蟹工船」ですね。

From Wikipedai – 『蟹工船』(かにこうせん)は、文芸誌『戦旗』で1929年(昭和4年)に発表された小林多喜二の小説である。いわゆるプロレタリア文学の代表作。蟹工船とは、戦前にオホーツク海のカムチャツカ半島沖海域で行われた北洋漁業で使用される、漁獲物の加工設備を備えた大型船である。搭載した小型船でたらば蟹を漁獲し、ただちに母船で蟹を缶詰に加工する。その母船の一隻である「博光丸」が本作の舞台である。

蟹工船は「工船」であって「航船」ではない。だから航海法は適用されず、危険な老朽船が改造して投入された。また工場でもないので、労働法規も適用されなかった。

そのため蟹工船は法規の真空部分であり、海上の閉鎖空間である船内では、東北一円の貧困層から募集した出稼ぎ労働者に対する資本側の非人道的酷使がまかり通っていた。また北洋漁業振興の国策から、政府も資本側と結託して事態を黙認する姿勢であった。

情け知らずの監督である浅川は労働者たちを人間扱いせず、彼らは劣悪で過酷な労働環境の中、暴力・虐待・過労や病気で次々と倒れてゆく。転覆した蟹工船をロシア人が救出したことがきっかけで異国の人も同じ人間と感じ、中国人の通訳も通じ、「プロレタリアートこそ最も尊い存在」と知らされるが、船長がそれを「赤化」とみなす。学生の一人は現場の環境に比べれば、ドストエフスキーの「死の家の記録」の流刑場はましなほうという。当初は無自覚だった労働者たちはやがて権利意識に覚醒し、指導者のもとストライキ闘争に踏み切る。会社側は海軍に無線で鎮圧を要請し、接舷してきた駆逐艦から乗り込んできた水兵にスト指導者たちは逮捕され、最初のストライキは失敗に終わった。労働者たちは作戦を練り直し、再度のストライキに踏み切る。

全部、読んだことがない人はこちらです。

ちなみに、共産主義は資本主義と本質的に変わりません。このブログでよく登場するシルビオ・ゲゼルが指摘した通りです。共産主義とは、国家がその経済の隅々に渡って資本主義のリーダーシップをとる社会システムのことです。なので、民主主義的な資本主義と比較すると(これも十分ディストピアですが)、よりディストピア的な資本主義と呼んでよいでしょう。

また、僕が、以前、「9.11と、秋葉原の通り魔事件は本質的に同じ」、と言っているのも、この話と通じてきます。その点はこちらにまとめています。

GAFA、トランプ政権、キプロス預金封鎖、日本の地域創生(東京一極集中)は、実は社会文脈的には全て同じ

ということで、結論をまとめると、「労働生産性」の概念自体が、新しい千年紀であるミレニアム時代にはそぐわない、古い指標ということですね。要らないので、捨てましょう。

今の世の中に必要なのは、単なる物の断捨離だけでなく、思考や価値観の断捨離も色々なところで必要なのです。それはこちらにまとめています。

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