春のヨーロッパ旅行-2019.04.04 – 04.26 – No.24 – イスラエル・エルサレム2日目

朝早く起きて、聖墳墓教会(ゴルゴダの丘)へ 聖墳墓教会に行かれる方は、朝早くをオススメします。空気も澄んでおり、観光客も少ないので、より本来の教会の姿を体験できると思います。 From Wikipedia – 聖墳墓教会(せいふんぼきょうかい)は、エルサレム旧市街(東エルサレム)にあるキリストの墓とされる場所に建つ教会。ゴルゴタの丘はこの場所にあったとされる。正教会では復活教会(希:Anastasis、アラビア語:كنيسة القيامة、ラテン文字転写:Kanīsa al-Qiyāma)とも称されている。ギリシャ正教系の正教会、アルメニア使徒教会等においてはエルサレム総主教座聖堂であり、中東地域の教会行政の中心でもある。 ローマ帝国皇帝コンスタンティヌス1世は325年頃に、キリストの磔刑の場所、ゴルゴタに教会を建てることを命じた(『マタイによる福音書』27:33など)。遺骸がアリマタヤのヨセフらによっていったん葬られ、3日目に復活したという墓もその近くのはずであった(『ヨハネによる福音書』19:41-42)。エルサレムは2度のユダヤ戦争によって破壊され、135年ごろにはローマ風の都市へと再開発されている。このため、ゴルゴタの位置は分からなくなってしまっていた。伝えられているところによれば、コンスタンティヌスの母ヘレナが326年にエルサレムを訪れ、当時はヴィーナス神殿となっていたこの地で磔刑に使われた聖十字架と聖釘などの聖遺物を発見したとされ、ゴルゴタと比定した。神殿を取り壊して建てられたのが現在の聖墳墓教会である。教会の中の小さな聖堂がイエスの墓とされている。 まず、入って正面にあるのが、磔にされたイエス・キリストが、十字架から降ろされたと言われる場所です。涙を流しながら祈りを捧げている方もおられたので、あえて写真は撮りませんでしたが、床に石の板があり、そこがその場所とされています。その石板の向かいには、当時の絵が描かれています。下記は、その写真です。絵に描かれているイエス・キリストが横たえられているその石板のことを指しています。 ここが、イエス・キリストが十字架に磔にされた場所と言われいるところです。今は聖堂になっています。 そして、この日、聖墳墓教会の入り口で、何かイベントの準備が進められていたので、近くの人に聞いてわかったのですが、キリスト教における「イースター復活祭」の週に当たっていたのですね。復活祭とは、磔にされ死んだと考えられていたイエス・キリストが、その墓にうつされた3日後に、マグダラのマリアが、亡骸に香油を塗りに行こうと現地に行ったところ、亡骸が消えており復活されたというエピソードです。 From Wikipedia – 基本的に「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」に祝われるため、年によって日付が変わる移動祝日である。日付は変わるものの、必ず日曜日に祝われる。キリスト教が優勢な国においてはその翌日の月曜日も休日にされていることがある。欧州における主要株式・債券市場は、復活祭の前の聖金曜日、復活祭後の月曜日に休場する。東方教会と西方教会とでは日付の算定方法が異なるため、日付が異なる年の方が多い。復活祭は移動祝日であり、もともと太陰暦にしたがって決められた日であったため、年によって太陽暦での日付が変わる。グレゴリオ暦を用いる西方教会では、3月22日から4月25日の間のいずれかの日曜日、東方教会では、グレゴリオ暦の4月4日から5月8日の間のいずれかの日曜日に祝われる。 2019年の「復活祭」は、4月21日から28日の間に行われることになっており、訪れたタイミングがちょうどそのときでした。つまり、僕は、ユダヤ教の起源である「モーゼの出エジプト」と、キリスト教の起源である「イエス・キリストの復活」のタイミングでこのエルサレムの地を訪れたことになります。 Google Mapはこちらです。 聖墳墓教会の周辺には、イエス・キリストにまつわる様々な史跡が残されています。こちらは、イスカリオテのユダに裏切られることをすでに予知しながら迎えた「最後の晩餐」をとったと言われる場所です。レオナルドダビンチの傑作の1つにもなってますね。 こちらは、その後、捕らえれたイエスが、処刑されることとなり、処刑の地となったゴルゴダの丘に向かって、イエス・キリストが十字架を背負って歩いたとされる道です。 そして、こちらは、十字架を背負って歩いていたイエス・キリストが、手をついた壁とされる場所です。 こちらは、ゴールデンゲートの向かいに見える教会、マグダラのマリアの墓の上に建てられた教会です。 From Wikipedia – マグダラのマリア(ラテン語: Maria Magdalena)は、新約聖書中の福音書に登場する、イエスに従った女性である。マリヤ・マグダレナとも音訳される。正教会・カトリック教会・聖公会で聖人。正教会では携香女・亜使徒の称号をもつ聖人。香油の入った壷を持った姿で描かれているが、これは墓にあると思われていたイエスの遺体に塗るために香油を持って墓を訪れたとの聖書の記述に由来し、「携香女」(けいこうじょ)の称号もこの記述に由来する。共観福音書は、マグダラのマリアは、イエス・キリストが十字架につけられるのを見守り、イエスが埋葬されるのを見つめ、そして墓の方を向いて座っていた婦人たちの中で一番重要な人物とされる。 マグダラのマリアは、初めから聖人であった人物ではありません。元は、キリスト教の教理における7つの悪霊( (1) 虚栄あるいは尊大,(2) 貪欲,(3) 法外かつ不義なる色欲,(4) 暴食および酩酊,(5) 憤り,(6) 嫉妬,(7) 怠惰をいう)を持った女性であったが、イエス・キリストによって改心し、聖人になったと言われています。 また、イエスは、近年、結婚し子供を設けていたという説が強く唱えられるようになり、映画「ダビンチコード」などでも題材として取り上げられていますが、妻はマグダラのマリアではないかとも言われています。 他にも、イエス・キリストの母、聖母マリアのお墓、父の墓、また聖母マリアの両親の墓、イスラエルを1つにまとめ上げたダビデ王の墓など、様々な史跡があります。 正直、ヨーロッパを旅してきて、ここまで意味深い場所はないですね。ぜひ、来るべき場所だと思います。 エルサレムが、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教にとって聖地である背景 これを事前に理解しておくと、現地に来て、より色々な建物を巡る際に、理解が進むと思います。 まず、ユダヤ教を信じる方にとっての「嘆きの壁」については、1日目にお話しましたね。実は、嘆きの壁のすぐ近くにイスラム教の聖地「岩のドーム」があります。 正面が「嘆きの壁」、そして、その左手に屋根が黄金のドームがあるのが見えますね。これが「岩のドーム」です。イスラム教の言い伝えでは、預言者モハメットが、一夜のうちに昇天する旅(ミウラージュ)を体験した場所とされており、この岩に対するイスラム教徒の深い信仰があります。しかしながら、同時に、ユダヤ教にとっても、実はこの岩のドームは聖地で、ここにイスラエルを統一したダビデ王が、先に話しをしたモーゼの十戒を納めた聖櫃「アーク」を保管していた場所でもあります。 そして、この岩のドームの裏手を歩いていくと、ゴルゴダの丘があったとされる聖墳墓教会があるわけです。1つの場所の中に、世界の主要宗教の3つの聖地があるわけです。かつて、歴史学者のサミュエル・ハンチントンが「文明の衝突」で描いたのは、まさにこの世界観ですね。ヨーロッパと中東が、このエルサレムを巡って過去2,000年近く戦争をしてきたのです。歴史が好きな人は、エルサレムに来る前に、彼の著作を読むとよりリアルにわかると思います。 文明の衝突 上 posted with ヨメレバ サミュエル・ハンチントン/鈴木 主税 集英社 2017年08月22日 楽天ブックス Amazon Kindle … Continue reading 春のヨーロッパ旅行-2019.04.04 – 04.26 – No.24 – イスラエル・エルサレム2日目