人が、「差別の心」をコントロールしないと、世界平和は絶対に来ない。#1

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最近、孫正義氏のインタビュー記事で、孫さんの幼少時代に受けた「在日としての壮絶な差別との戦い」とのエピソードが描かれていたので思うところをまとめておきます。

原文はこちら

記事の要点としては、以下の通りです。

  • 幼少期は、在日朝鮮人ということで、言葉だけでなく石を投げられるなど、酷い差別を受けた。俺は小学生、中学生の時に自殺したいぐらい悩んだんだ。本気で自殺しようかと思ったぐらい悩んだ。
  • ソフトバンクを創業時、日本名の安本ではなく、本来の「孫」を名乗ると決めた際、親戚は猛反対した。それは、小さな社会の中で名前を隠して生きてるから。「おまえが親戚として1人そうやって孫と名乗ったら、俺らまで全部ばれる」と。
  • 孫さんは、「おじさんやおばさんに俺は迷惑かけるかもしれん。そしたら、俺が親戚だとは言わないでいい、他人のふりしていていい」といい、反対を押し切って、孫を名乗る決意をする。
  • 孫と堂々と名乗って、堂々と逆風の中で仕事して、事業して、それなりになれば、それはもう100万語しゃべるより、力説するそれで希望を得る若者が1人でも100人でも出れば、それは「差別反対」のプラカードを出して言うよりも100万倍効果があると思った。

僕が受けた差別体験

ちなみに、差別経験のない人間が話をしても説得力がないので、僕の体験談も入れます。僕は、人生で2度差別を体験しています。1つは、日本で、もう1つはアメリカで。僕は、純粋な日本人です。しかし、小学校から中学校に上がる際、大阪から茨城県に引っ越しました。茨城の社会は、のどかな田舎というよりは、閉鎖的な村社会と言った方が正確です。一生海外旅行にも行かない、仕事でも地元を出ることがまずない、そんな家族がたくさん住んでいる社会です。あまり理性的な人も多くないので、口よりは力がモノを言う社会です。そんな中、僕は、いかんせん、歌舞伎役者かヨーロッパとのハーフのような顔立ちをしているので目立つ。笑

結果、こういう奴は、地元の不良グループの格好の餌食になります。グループによる壮絶なイジメを受けました。最悪だったのは、両親がそれを全く理解していなかったことですね。学校の先生からもその情報は行かなかったようです。グループからカツアゲを何度も受け、当然、金がないので、親の財布から金を抜き取って、彼らにそれを渡していた。金を抜きっていることが親にバレて、父親からは失神するぐらい殴られ、体中アザだらけで学校に行く。そして、学校でまたグループからいじめを受ける。周りに味方がゼロになってしまった。それが中学1年と2年のかれこれ二年ぐらい続いたと思います。孫さんと同じように、この時に、一度、自殺を真剣に考えたこともあります。

しかし、そこを踏みとどまり、ある朝、その不良グループのトップに、金を持って来るように言われていたのですが、「金はない。金輪際、払う気もない。それで払えというなら、お前を殺す」と言って、その長いイジメはようやく終わりました。そのお陰で、中学3年の時は、イジメがなくなったので、受験勉強もそこそこ頑張れる精神状態になり、千葉県の中の上ぐらいの進学校にいけました。高校時代は、超楽しかったですね。みんな人格がそれなりにしっかりしているので、僕のような変わりモンも素直に受け入れてくれてました。笑

まあ、日本の受験制度は本当にイケテナイと思いますが、それでもある程度フィルター機能はあるのだなと思ったときもあります。

二回目は、アメリカですね。社会人三年目で、NYに駐在員として赴任したときのです。大学二年の時にアメリカのシアトル近くの州立大学に6ヶ月間交換留学していたので、それなりに英語ができたのですが、いかんせん、本場ニューヨークです。そういう中、お店のスタッフとかが、現地のアメリカ人にも話さないようなスピードで僕にしゃべりかけて来るわけです。明らかにわざとですね。こういう経験が何十回とありました。頭にきたので、猛烈に英語を努力して、6ヶ月には、周りから「お前、アメリカ生まれなのか?」と間違われるほど、英語が話せるようになりました。ちなみに、シアトルやシリコンバレーなど、西海岸ではこういう差別はありません。やはり、東海岸は、西海岸に比べると文化が保守的なのですね。

なぜ、人は見知らぬ他人を差別したがるのか?

僕は、生まれてこの方、人を差別したことは一度もないと断言できます。なぜなら、人が他人を差別したがる深層心理が、なぜか、子供の頃からよく分かっていたからです。当たり前のように「万人は平等である」という意識がありました。

人が、差別をしたがる根底には、2つの意識が働いています。1つは、その相手に対する「不安」です。その相手が理解できない、という不安ですね。外国の人を当てはめれればわかりやすいでしょう。自分と見た目も違う、話す言葉も違う、文化も違う、価値観も違う。こういう人と、心を通わせるのは、大変、難しいことです。だから不安を感じます。そして、不安を感じた後、その人はどのような衝動にかられるか? 次は「支配したい」という欲望です。その人を自分に服従させようとする。そうすれば、その人から攻撃されることがないからです。動物や昆虫の防御本能と同じです。マズローの欲求段階説における2段階目の「安全欲求」は、ここに該当します。詳しくはこちらにまとめています。

マズローの欲求段階説は、実は5段階ではなく6段階まである – それは「奉仕」の実践

イジメとは正にこの世界ですね。相手を徹底的に痛めつけることで、自分に服従させる。そうすることで、その差別をしている側の人間は「安心感」を得られるのですよ。だから、多くの場合、差別やイジメというのは、それをやる側の人数の方が、やられる側の人数より多いのです。差別やイジメのシーンを見てきたことがあるのであれば、振り返って見てください。絶対にそうですから。断言できます。これは、差別とイジメ、そして、その先にある戦争の黄金律とも言えます。だから、戦争は、最終的に数の論理なのですよ。数の多い方が勝つのです。動物や昆虫の世界と同じです。動物が群やハーレムを形成するのは、安全面の目的てあると同時に、攻撃時に有利であるための原則でもあるのです。やられる前にやってしまおう、という心理が、イジメる側、差別する側、そして、戦争する側には常に働いているのです。そして、これは、マズローの欲求段階説における3段階目の「帰属欲求」に該当します。

つづく。

人が、「差別の心」をコントロールしないと、世界平和は絶対に来ない。#2

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