僕が、Coincheck、Zaifのハッキング事件に激怒している理由 #2

URL: https://www.longhash.com/news/think-japan-is-a-crypto-heaven-try-filing-your-taxes-there

2014年2月のOrb創業から2018年の売却までの僕の活動

僕が、ビットコインを知ったのは、2012年7月、シリコンバレーで活動しており、現地の友人から「サトシナカモト」の論文を教えてもらったのがスタートです。読んだ瞬間に「ポスト資本主義の中核技術になる」を確信し、シリコンバレーでやっていたMusavyをたたんで、日本に帰国し、他のITベンチャーで働きながら、次の準備を進めていました。まず、仕掛けるタイミングがまず重要ですね。当時はまだ時期尚早と考えていました。

なぜか?シリコンバレーで盛り上がっていないからです。投資家の資金がつかなければ事業はスタートできない。当たり前のこと。日本の投資家は、全員、シリコンバレーを見ている。シリコンバレーで火がついた市場にしか投資しない。一番達で、未来を考える力がないから。勘のいい人ならわかると思いますが、逆に火がつきすぎるともう遅いわけです。シリコンバレーの市場の方が先に立ち上がってしまったら、日本がシリコンバレーを超えるチャンスは生まれなくなりますからね。このごくごくわずかな隙間にしか、この繊細一隅のチャンスは与えられていない

つまるところ、一ミリのミスも許されないわけです。

僕が、本格的準備を進めるきっかけになったのは、2013年3月に起きたキプロスの預金封鎖です。このブログでもなんども取り上げていますね。ギリシャの財政危機が原因になり、預金の大半をギリシャ国債で運用していたキプロスの銀行が経営危機に陥り、政府判断で預金封鎖が行われ、預金を引き出せなくなった個人の一部がビットコインを使い出した。そろそろシリコンバレーが動き出すのではないかと考え始めた。

そして、起業準備を進める中で、当時関わっていた、まずはスマホのポイントを使ったリワード広告系アドテクから入るか、そのままビットコインで事業スタートを切るか、二つのシナリオを考えていたのですが、ビットコインで行くと決めたのは、シリコンバレーの起業時代から親しかった小林キヨのアドバイスでした。現地で起業活動している彼から「みな、ビットコインの話をしている。今はタイミングがいいと思う。インナーサークル系のアンドリーセン・ホロウィッツやファウンダーズ・ファンドもビットコイン系ベンチャーの出資に積極的に動き出している」と。

彼も、KDDIに売却したスマホアドネットワークのノボットを仕掛けた実績からも、タイミングを読む能力がとても高い起業家であることを僕もよく理解していたので、彼がそういうなら間違いないと考え、ビットコインで行くことに決めた。これが2013年11月ごろです。

そして、投資家についても、その点を抜かりなく進めるため、USの日本人VCから当たった。現地の盛り上がりをよくわかっているからですね。一番親しくしていたのが、CAVの南出さんで、彼は、シリコンバレーのユニコーンスタートアップであるEvernoteにSeriesAで出資した実力の持ち主で、これは日本の投資家としてはJOIさんにつぐ実績です。南出さんも、ビットコインの盛り上がりを自覚しており、その話も交えてCAV国内チームに繋いでくれ、検討開始から2週間で5,000万の出資が決まった。

これと同時に、もう一つ重要な動きをとったのが、元maneoの社長をやっていた妹尾さんを創業チームに巻き込んだこと。なぜか? 金融業界が規制の塊であることをよくわかっていたからです。ビットコインは、政府システムと真っ向対決するテクノロジーです。通貨システムという政府の根幹システムを政府機能からなくすのだから、当然です。政治家を巻き込みロビー活動をやらねば、簡単に潰されてしまう。友人の何人かに共同創業者の紹介にあたった。その時の希望条件は、「金融分野の起業家で、ロビー活動での実績がある人物」というもの。まあ、そんなにいないですよね。笑

何人かあたった中で、その内の一人が、メディカル市場の連続起業家である石倉大樹くんでした。彼は、スタンフォード・ビジネススクールを出ており、そのときの彼の1年後輩に、金融庁の高梨 佑太くんがいた。そして、この高梨くんが妹尾さんとつながっていたわけです。妹尾さんは、Maneoの共同創業者でもあり、P2Pレンディングが国内で違法扱いを受けていた状態を突破した実績がある。妹尾さんと初めて会ったのは、1月の初旬ごろ。ちょうど、Maneoを出て次のプロジェクトを探しており、実は、すでに東南アジアで、いわゆるグラミン銀行のベンチャーを立ち上げようとしていた別の起業家の話を受けようとしていたタイミングで会い、2週間で説得した。

そして、彼の参画が決まった直後に、Mt.Gox事件が起きた。2014年2月7日に経営停止状態になった。CAVとは、まだ契約締結をしていませんでした。そして、案の定、CAVに出資する投資家の内、政府系の中小企業基盤整備機構が、Mt.Gox事件を槍玉にあげ、出資ストップをかけてきたが、当時CAV社長の田島さんが説得し、無事、事業を開始することができた。この動きには感謝しかない。

その直後から活動を開始したのが、JBAの設立です。妹尾さんはManeo時代はロビー団体は作っていませんでしたが、僕は、アメリカの政治システムを参考にし、ロビー団体を作った方が絶対に成果を出しやすいと考えていた。そして、このアイデアに妹尾さんも賛同し、JBAの設立準備が開始した。まずは、理事メンバーを誰にするかであり、Mt.Goxのような事件を再発する経営能力の低いベンチャーと組むわけには行かないので、まず候補に上がったのが、Krakenです。宮口あや女史が、僕らと同様に、日本の政治家や省庁へのロビー活動にすでに動いていたことが大きかった。彼女は、すぐにこの話に乗ってくれた。

そして、BitFlyerの加納くんも声をかけた。KrakenやOrbは、銀行口座の開設で苦労していたが、BitFlyerはその問題を抱えておらず、なぜ、団体が必要なのか?疑問に感じているようだったが、そこまで時間がかからず、3社合意ができ、JBAの前進団体の設立ができた。そして、事務局局長には、河野太郎議員とパイプのある樋口くんが乗ってくれ、当時、OrbもBitflyerもマンションがオフィスの状態だったので、3社会合の場を提供してくれた当時、西村あさひの斎藤創弁護士も加ってくれた。そして、宮口あやと共に何度かお会いしていたデロイトの重役メンバーで、後の、仮想通貨法(改正資金決済法)の国会への審議をだすためのリーダーシップを取っていただいた自民党の資金決済小委員会のプロジェクトに関わっていた荻生氏・両角氏が加勢してくれることになった。

そして、もっとも強力だったのは、資金決済法の施行に関わった堀天子弁護士が、JBAに加わってくれたことでした。彼女は、僕がOrbの起業前から交流があり、Orbの創業から売却までずっと面倒をみていただき、今でも親しくしている森・濱田・松本法律事務所の増島弁護士の同僚で、そのご縁でご紹介いただき、JBAの支援に動いてくれるよう助力をお願いし、すぐに快諾してもらえた。資金決済法の法律ロジックを深く理解する彼女が加わることで、日本の仮想通貨法は、当時、世界ではもっとも業界発展につながる先進的な法規制の法案を作っていくことができたのです。こうして、JBAは、約2年後の2016年6月に実現する改正資金決済法の施行に向けて、かなり実行力の高いロビー団体を作ることができた。設立の最大の目的は、「Mt.Gox事件の再発を未然に防ぐための自主規制団体」。わかりますね? 絶対にミスを犯さない覚悟、そして、ブロックチェーンというテクノロジーの性質を踏まえ、民間が自主規制で市場開発を進めていく素地をそこに作った。

そして、運営するための金は、3団体で毎月50万ずつ出し合うことにした。これは後になってわかったこととして、その後、当時、決済小委員会メンバーであった福田峰夫議員の取り計らいで、ワシントンDCに同じ業界ロビー団体(確かBlockchain Associationだったと思うが、今、この団体が北米最大の業界ロビー団体に成長している)との交流で伺った際、彼らの立ち上げ当初の団体資金や運営人材の確保をVCであるアンドリーセン・ホロウイッツがサポートしているという話を聞いて、日本とシリコンバレーの格差を改めて実感した。当時の日本のVCでそういう活動を行った会社は一社もなかった。みな、我々のこの必死の活動に対して、基本、傍観者だった。福田議員は、これ以外にも、我々のことを熱心にサポートしていただき、JBAは、与党自民党を後見人とする初のロビー団体になることができた。これは、紛れもく福田議員のお陰です。我々の可能性に賭けてくれたということです。

そして、この際、テックビューロがJBAに参加できなかった理由は、明確で、朝山の過去の起業家としての実績にかなり問題が多かったからだ。要するに、Mt.Gox事件を再発する可能性があるベンチャーとみなが判断したということ。そして、この判断は正しかった。しかし、結果、彼は、別団体を作る動きを取っていく。この背景には、加納くんとの間に何か確執が生まれたことが原因のよう。僕は、JBAの細かい点は、妹尾さんに任せていたので詳しくは知らない。ただ、先の幕末における薩長の足の引っ張り合いに見たように、日本人は、こういうどうでもいいところで、足の引っ張り合いばかりをして、局をみて一致団結するという力が本当に低いと言わざるを得ない。朝山は、自らの過去を悔いて、潔くロビー活動は全てJBAに任せるべきだった。しかし、彼にそれだけの器量はなかったわけだ。いわゆる、日本に多い単なる目立ちたがり屋の起業家ということ。マズローの欲求段階説でいうところの、第4の承認欲求のレベルにしか到達していない精神的に未熟な起業家ということだ。この業界の立ち上げに必要な起業家は、第6段階の「自己超越欲求」の精神段階に達している起業家だ。マズローの欲求段階説について詳しく知りたい人は「こちらの記事」です。

そして、2018年1月のCoincheck事件が起きるまでは、僕の描いていた通りの世界が実現したことは、みなさんも知る通りです。世界中から、日本市場にブロックチェーン関係のトップクラスの起業家が訪れ、海外のCoindesk, WSJやロイターなど主要メディアでは、「Japan is Crypto Heaven」と書きたてられた。

なぜ、Coincheck事件やZaif事件が、日露戦争を戦った明治政府の世界と比較して、「許されないミス」なのか? それは、昭和の官僚が戦後作り上げた日本のビジネス文化にある。消費庁にちょっとでもクレームが入ると、各省庁の官僚が、業界に厳しい規制を引こうとするからだ。これが、戦後何十年と続いてきたため、完全に体質化してしまっていることを僕は見抜いていた。これが、日本で、シリコンバレーのようなダイナミックなベンチャーを仕掛けることができない最大の障害になっている。その点については、「こちらの記事」にまとめています。パーソナルコンピューター産業もインターネット産業もそうやって不発に終わった。日本の株式の時価総額ランキングから見ればわかる通りだ。その点は、「こちらの記事」にまとめています。

だから、ミスが許されなかったのだ。

JBAからの提言や、僕が、2016年より金融庁による「フィンテックベンチャーに関する有識者会議」に仮想通貨・ブロックチェーン業界から唯一委員メンバーとして参加し、そこでの発言(議事録は、金融庁のこちらにページ)を通じて、また、金融庁内部にも、高梨裕太くんをはじめとする先進的な考えを持った若手官僚が、金融庁内部の古い考えの官僚たちを必死に説得することで、「仮想通貨・ブロックチェーン産業に自由な風土」というチャンスを作ってもらった以上、民間企業は、これに応えて、絶対に、Mt.Gox事件を再発させない取り組みが求められていたのだ。この二つの事件は、そのチャンスを完全に潰すことになった。特に、自作自演と批判された朝山のZaif事件は、決定的だった。だから、僕が並行して進めていた「レギュラトリー・サンドボックス」の話も完全に消えた。

これで、金融庁が厳しい監督をこの業界に課しても、誰も文句は言えないわけです。それは、同時に、日本が、もう一度、明治の日本が残した「アジアの奇跡」という功績を、その繊細一隅のチャンスを棒に振ったという事実が残るだけだ。冷静に見ればわかるはずだ。となりの中国では、2017年には仮想通貨やICOが禁止されることで、当時、業界のリーダーシップを発揮していたBTCChinaなどが市場から消えていく一方で、2014年にMt.Gox事件を起こした日本の仮想通貨・ブロックチェーン業界が、2016年から2017年には「Japan is Cypto Heaven」と海外メディアで紹介されたという、奇跡的な逆転劇の世界が、明治日本の「アジアの奇跡」と同じレベルのことであるということを。

そして、Orb売却後、日本の仮想通貨・ブロックチェーン業界の連中の動きをみて、唖然とした。2つの事件に対して、傷を舐め合うかのような行動しかとっていない。業界全体の猛省もない。皆、己の金儲けしか考えていない。これが、日本人のもう一つの弱点だ。太平洋戦争のときにも、政財界や軍部関係者の間で、日常的に起きていたことだが、決定的なミスや事件に対して「事なかれ主義」で応じる。極めて、「ぬるま湯」の世界だ。このリンク先の記事を読めば、自分が事なかれ主義者かどうか容易に判断できるだろう。

僕は失望感を覚える性格ではない。ただ、自分が命がけで起こした革命が、わずか4年しかもたなかったという事実、これをもってして、今後、今の日本人と積極的に関わって何かを成し遂げていこうとは、全く思わない。僕が、Orb売却の後にフェイスブックを使うのは止めた理由の一つは、それで、日本のスタートアップ業界の、シリコンバレーの10,000分の1スケールで、ただ私利私欲を満たすだけのコピー事業を立ち上げて、最後には、いつもシリコンバレーや中国の競合に完全敗北して、傷を舐めあうような盛り上がりしかしない連中に、いい加減、うんざりしたからだ。

未だに日本の仮想通貨業界やブロックチェーンに関わっている連中は、「今からでも挽回できる」と考えている人が多いようですが、残念ながら、世の中はそんなに甘くない。特に、超ハイスピードで進化していくテック産業の世界では。ちょっとしたミスが、どうあがいても追いつけない方な競争格差を生み出していく。それは、パーソナルコンピュータやインターネット産業の歴史ですでにわかっていること。そして、ブロックチェーン産業は、インターネット産業の2倍のスピードで進んでいると言われている。現に、日本の市場は、すでに海外市場に比べて、2年以上、周回遅れになっている。この差は今後どんどん開いていくだろう。そして、気づいたときには、また、「日本はシリコンバレーに比べて20年遅れている」と言うことになる。つまり、「茹でガエル」だ。

ただ、挑戦するのは自由なので、その意見を引き続き、主張するものは、ぜひ、そのことを自らの行動をもって証明してもらいたい。

そして、僕は今? 沖縄のOISTにいる。ここに、日本の「最後の希望」を見出している。ここが、唯一、日本に”シリコンバレー”を作ることができるチャンスが残っている「空間」だと考えている。日本が世界平和に貢献できる唯一の場所だと考えている(正確にいうと、沖縄は日本ではない。彼らは、日本の伝統的文化体系を持っていないからだ。幕末のドサクサに紛れて薩摩藩が植民地化した別の国家だ)

シリコンバレーに比べて初期環境でいくつか劣る面もあるが、日本の中では、唯一チャンスが残っている場所だ。もし、ここにシリコンバレーを作り出すことができなければ、僕は絶対的に「日本と決別する」覚悟でここにきている。要するに、日本に対して、最後の仁義を切っとるっちゅうことです。

また、その点については、追ってこのブログで話をして行こうと思う。

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