JOIさんのMITメディアラボ所長辞任に想う:「信用の世界」が今大きく変わろうとしている

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今回、JOIさんが、所長を勤めるMITメディアラボにおいて、未成年の性的虐待疑惑で逮捕され、先月獄中で自殺した米富豪のジェフリー・エプスタイン氏より寄付金を受けていた事実を大学ぐるみで隠蔽しようとしていたことを受けて、最終的に辞任という形で決着がついたのですが、今回の一連の騒動を受けて想うところをまとめて起きます。

まず、騒動の主な経緯は以下の通りです。

  • MITメディアラボは、2013年ごろより、米富豪のジェフリー・エプスタイン氏より寄付を受けていた。(JOI氏は、2011年9月より所長になっている)
  • その後、エプスタイン氏は、未成年の性的虐待疑惑で逮捕され、裁判が開始。2019年8月11日に、同氏が拘置所で自殺していたことが判明する。
  • JOI氏は、エプスタイン氏から資金提供を受けるにあたり、個人のレピュテーションリスクなどの点について、長年付き合いのあるスタンフォード大学のレッシング教授などにも相談をしていた。
  • また、大学側は、個人より受ける寄付は、大学側がレピュテーションリスクを追わないように、「匿名」で受けることが一般的であった

まず、一番気になったのは、最後4つ目なのですね。アメリカの大学の多くは、個人や企業からの寄付金で成り立っていいます。特に私立大学はほとんどそうです。例えば、僕も私立のスタンフォード大学は、シリコンバレーで会社をやっていた時によくリクルーティング目的などで、コンピューターサイエンス学科のイベントに参加しましたが、その建物は、Google創業者のラリーとセルゲイが、レゴブロックで組み立てたサーバーが展示されているビルでもあり、名前は、「ゲイツ・コンピュータ・サイエンス・ビルディング」、そう、ビルゲイツが6億円寄付して建てられたビルです。アメリカの私立大学はこういうのがたくさんあります。椅子が寄付だったりもする。

しかし、アメリカの大学運営で、個人の寄付が好まれる傾向にあるのは、もちろん、競争社会で富豪のレベルが日本とは比べものにならない点もありますが、もう1つは「お金に縛りがないから」です。企業から資金を受け取る場合、寄付の形態は稀で、大半は、特定の成果をベースにした使途も明確になっている研究資金です。だから、建物を建てたり、内装を改善したりする資金はもらえません。その点、個人の寄付は使途が、あまり限定されないことが多いため、大学側は自由に使えることが多い。なので、大学側も個人の寄付を好む。そのために、大学の同窓会などをすごく重要視します。日本の慶応の三田会なども多少その傾向はありますが、大富豪のレベルが桁違いのアメリカでは、その重要視具合も異なる。

その場合、大学にとってのリスクは、寄付した個人の「評判」です。いわゆるレピューテーション・リスクというやつです。当然、日本でいうヤクザに相当するマフィアやギャングから資金を受け取るなど、言語道断。しかし、今回のエプスタイン氏のケースなどはよい例ですが、それまで「高潔な人」だと思われていた人物が、何かのトラブルなどが原因で、突然、事件を起こすことがある。こればかりは、相手が個人ですからコントロールしようがないわけですね。だから、3つ目に書いてあるように、大学側は、そのような場合に対処するため、「匿名」で受けるという敢行があった。また、それに対して、メディア側がメスを入れることもほとんどなかったわけです。

しかし、僕が気になったのは、今回の件では、メディア側の記事に対して、一般人が、JOIさん含む大学側に非常に批判的な態度を示した。つまり、反応が、「時代の変化」によって変わったということですね。

このスキャンダルの一連のニュース記事を見ていると、「信用の世界では、透明性が重要なのだ」という意見が多く出ており、それこそ、時代の変化を感じさせる言葉だと思います。

僕は、この背後には、ブロックチェーンが作り出しているトレンドが大きく影響を与えていると見ています。なぜなら、ブロックチェーンが、世の中に、「信用の透明性」という概念を持ち込んだからですね。例えば、それより前の「信用」の世界は、閉じた世界であっても、それ自体に、強烈な反発心を抱く人々が巨大な勢力を作り上げることはなかった。

例えば、銀行のローンを組む際の与信は、その銀行の中で閉じた世界で、審査が行われていた。透明性のある審査ルールなどなく、儲かるか儲からないかだけの基準ではなく、縁故だったり、会社の付き合いだったり、そんな全く客観的な判断基準とは言えない要素も考慮された状態で、銀行の融資事業というのは運用されている。スタートアップに対するベンチャー投資も同じですね。これは、実際に、資金調達をやって見ればわかること。既存の投資家から「どこのVCさんは嫌いだから、そことはできれば離さないで欲しい」みたいなことが投資家の発言として平気である。これらのエピソードは、いずれも信用に対する透明性も公平性も全くない話ですね。全て、「私見」がそこに入っている。

ところが、信用の世界に「透明性」を求めるということは、これらを全て否定するということですね。信用の世界に、全て公明・正大な評価を求める。

かつては、この役割は、政府が行っていた。政府が、公正なる第3者として介入することで、市場であまりにも酷い活動するプレイヤーに対して、厳しいペナルティを与えることで、市場経済が荒廃しないように関わってきたが、例えば、今回のケースでいえば、大学の運営資金を政府が税金として提供することで、このような問題を起こさないような方法もあるわけだが、政府も時に狂うことがある。太平洋戦争における日本政府などがその典型例。だから、ブロックチェーンは、かつて、アダム・スミスが言った「神の見えざる手」を政府ではなく、テクノロジーを使うことで、民間の手で作り出すために生み出された技術です。この点については、「こちらの記事」を読むことで、政府の役割や、「信用の世界」と密接に関わっているお金が生まれた背景なども含めて理解できると思います。

僕は、今回のこの騒動は、これからの「信用」の世界における大きな変化を示唆すると見ており、今後も、注意深く世の中を観察していきたいと考えています。

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